« 山形の風景4 | トップページ | 福岡便り1 »

2005年11月19日 (土)

山形の風景5

051113_15400001 これはアイヌのチセ(家)の写真です。
どこで撮ったかというと北海道・・・、ではなく山形県村山市の『最上徳内記念館』の庭です。
最上徳内(もがみとくない)という名前をご存知でしょうか?18世紀に幕府の命をうけ、蝦夷(北海道)を探検した村山出身の人物です。

徳内さんが学問を志し、江戸に上がったのは27歳のころ。当時ではとっても遅いスタートだったそうです。それにも関わらず、あのシーボルトに『最も卓越した日本の探検家』と呼ばれたのには、どんなストーリーがあったのでしょう?

それまでの蝦夷に対する認識は想像の部分が多かったようで、その頃書かれた地図も形がとってもヘンでした(笑)。それが徳内さんが手がけた地図は、ほぼ現在の地図と一致!それには何度も現地を自分の足で歩いた徳内さんの情熱はもちろんですが、わたしが感動したのは、その人柄でした。
徳内さんはその頃、幕府に虐げられていたアイヌの人々と積極的に交流し、言葉や文化を学び、真の友人として接していたそうです。その信頼関係によって、アイヌの人々の全面協力を得、北方領土のあたりまで探検することができたそうです。またロシアの人たちの言葉も学び、すぐに親しくなり、北の文化を知ることになったそうです。
2005

なにかを成し遂げるには好奇心や情熱が溢れていることはもちろんのこと、人と人との縁を大事にする心が最も大切なことなのだと改めて教えてもらいました。

徳内記念館にはアイヌの家のほか、庭の池には北海道をかたちどった浮島が作られています。
夫はおおはしゃぎで(笑)、その上に立っていました。


※今日、福岡に移動しました。次からは福岡便りになります。
※ご興味のある方は札幌のアイヌ文化交流センターに行ったときの記事もごらんいただけるとうれしいです。
http://homepage3.nifty.com/happy-drops/diary/dairy2005.10-11.htm#Anchor--63332

« 山形の風景4 | トップページ | 福岡便り1 »

コメント

こんばわ!ぢゅんさん。

私が、マクロビで安易に玄米食が最高と言わなくなったきっかけが、アイヌや蝦夷、サンカや沖縄の人々の歴史を知ってからです。日本のお米中心の農本主義というメジャーな文化に対して、辺境に生きるマイノリティーも正に日本の文化。この人たちが動物性の助けを借りて精一杯生きてきたことを知ったら、簡単に玄米サイコーとは言えなくなってしまったんです。(ここだけの話ですか…)ぢゅんさんはそういった日本のマイノリティーの文化を優しく見つめているようでいつも感動してます。
福岡便りも楽しみにしています。

ぢゅんさん、北海道在住四代目だった私は、興味深く読ませていただきました。
四代前のご先祖さまは、やはりアイヌの助けを借りながら生きたようです。
何しろ、鹿児島から移住して、雪も知らなかった訳ですから。

今年の1月、「北の零年」という映画を観たのですが、いろいろ想うことの多い映画でした。
特にアイヌについて。

また、kodamacroさんの文章にも、同感です。
いつか沖縄の文化と歴史について書きたいと思っていたのです。
今では、サンカの存在も知られていないのでしょうか?
パソコンでは「カ」の字が出てこないのが、何よりの証拠かも知れません。

ぢゅんさん、kodamacroさん、「人と人の縁を大事にする心」を大切にして、私もお二人とのご縁を噛みしめたいと思います。

素晴らしい記事をありがとうございました。

こんばんは〜
自らが原因で、衰退したり滅んだ者(物)たちは、『仕方ない』と思えるのですが・・・
歴史の中には、理不尽な攻撃による場合が多く、考えさせられます。
『記念日』と言われる日の中に、やりきれぬ思いが湧く日も・・・。

福岡のレポートも楽しみにしています。

ぢゅんさん、私も沖縄やアイヌの文化には非常に強く「懐かしさ」を感じています。前世と関係があるのかも?と思うぐらい。理不尽な政策によって虐げられてきた歴史を思うと、胸が痛みます。アイヌと北海道開拓の物語では、池澤夏樹の『静かな大地』が大好きです。切ない話ですが。

kodamacroさん、コメントありがとうございます!
kodamacroさんの深い思いをおうかがいできて、とても感激しました。
玄米食の素晴らしさはわたしも体で感じるところがあり、なんら否定することはないのですが、一方で肉食の歴史は地方の歴史でもあるとの思いも強く感じていました。
わたしは大学ではネイティブアメリカンの文化を勉強してきました。そして日本のネイティブ、沖縄やアイヌの人々の歴史も興味深く学んできました。いま札幌に縁ができたことも、深いメッセージだと受け止めています。
そんなことから、kodamacroさんのコメントはとても胸に響きました。これからも自分の目線を示していこうと改めて決意させて頂きました。
ありがとうございました!

マクロ美風さん、貴重なコメントありがとうございました。
足を踏み入れたことの無い札幌に転勤になって一番に札幌歴史資料館に行きました。そこには開拓者として各県からどれだけの人が訪れたかという表がありました。九州からの移住者も多く記されていました。また転勤の年に『北の零年』が上映され、それも真っ先に見に行きました。
文化や気候の大きな違いを乗り越えて今があるのだと、わたしもがんばらねばと、力をもらった気がしました。

そして!サンカ。恥ずかしながら、初めて知りました。中学の頃からマイノリティの人たちのことを積極的に知ろうと勉強してきたはずなのに・・・。いま母とネットで調べ、サンカの人たちについての本を書き出しました。
わたしの人生に新しい課題を頂いた気持ちがしました。マクロ美風さん、ありがとうございます!マクロ美風さんの沖縄の歴史の記事も楽しみにお待ちしています。


鍼美人さん、こんばんは!
おっしゃるとおりです。『理不尽』な行為が歴史にはなんと多いことでしょう。
そしてそれは昔の話ではなく、現代もあちこちで違う形で繰り返されているのですよね。
それを少しでも止める、いや、そんなことはなくさなければなりませんよね。
鍼美人さんのコメントを読み、血がたぎる思いがしました。ありがとうございました。

メイコさん、感謝です!
本のご紹介ほどうれしいことはありません。
なんといっても私は読書がとても苦手だったのですが、昨年の入院時以来、驚くスピードで本が読めるようになったのです。なにかいいことはあるんですね。
北海道の歴史はいまのわたしには一番の興味の的です。だからメイコさんのご紹介の本、絶対読みます。
わたしも興味が湧く時点で、前世とのなんらかのつながりがあると思っています。地球上にそうやって『自分の昔の歴史がある』と思えば、戦争なんて思いつかないと思うのです。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 山形の風景5:

« 山形の風景4 | トップページ | 福岡便り1 »

2019年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト

最近のトラックバック

無料ブログはココログ

ウェブページ