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2005年12月31日 (土)

マッサージをしよう!(魂に効く!)

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今年の5月、通っていた病院のレントゲンの検査があり、その結果、首の手術を勧められたことがありました。その手術は第一頚椎と第二頚椎の間に金属を入れて固定するというもので、手術自体も危険なものだし、その後2ヶ月は自分で寝返りも打てない状態になるといった過酷な宣告でした。驚いた私に医師は一言、『ほっとくと命に関わるから』と言いました。危篤の状態から半年、やっと立ち上がってきた矢先で、また『死』を感じさせる出来事が起き、その時期は夜になると吐くほど泣きました。
でもその日から夫が首の後ろをマッサージしてくれるようになりました。『大丈夫、大丈夫』と呪文のように唱えながら。夫の大きくて暖かい手でマッサージされ、やっと落ち着いて眠れるようになったときから、今度はほんとにこの手術が今必要なのか、セカンドオピニオンをとることに思いが至るようになりました。東京で通っていた病院にアポイントをとり、北海道の整形外科で一番という評判の病院にアポイントをとり、1ヶ月かけて、検査、診療を繰り返した結果、なんと、セカンドオピニオンの二つの病院の見解は一致し、『せっかく長年かけてよい状態に体がしてくれているのに、今メスを入れるなんて普通は考えない』という結果でした。はじめの病院の見解がまったくの誤診だったことが判明したのです。
怖くて悔しくて泣いていたころの、倍の涙が流れました。家族みんなで勝ち取った勝利のような気持ちでした。それから、西洋医学のシステムの危うさに気づき、本気で自然治癒力を高める生活・治療を考えるようになりました。
このとき、夫のマッサージがセカンドオピニオンの結果を持ってきたとわたしは思っています。夫が3人目の『魂に効く!』編のマッサージセラピストです。夫と私は前世で死に別れた記憶があります。その最後の瞬間、わたしは夫の手を握ったのですが、それをすり抜けるかのように死が連れ去ってしまいました。きっとそのときの記憶を塗り替えるように、わたしはいま夫の手を握ることで安心感を得られるのだと思います。今生きていることの実感、喜び、感謝を魂に伝えてくれる行為、それが夫のマッサージだと思うのです。そのマッサージで得たパワーで、あきらめずに納得できる答えまでたどり着くことができたのだと思います。

今年はみなさんにとって、どのような年でしたか?
わたしにとっては、過酷な年でした。でも、この深く大きな学びがきっと、次の一歩を踏み出す力になってくれると信じています。
みなさんにとって、今年の学びが大きな喜びとなって帰ってくることを、心よりお祈りしております。
どうぞよいお年をお迎え下さい。
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※両方とも山形の実家の軒先にできたツララです。昼の太陽の光を受けても、夜の暗闇でもとてもきれいです。

2005年12月29日 (木)

ちょっと私的なメッセージです

やっと心の余裕が出てきて、またみなさんのブログにもお邪魔をさせていただいています。

そんな中、衝撃の事実を知りました。わたしがその生き方も人となりも大好きでファンだったmacrobi papaさんのブログの閉鎖を知ったのです。
何があったの!?とも思いましたが、いまはひたすら、papaさんとご家族のご健康をひたすら願っています。わたしたちに多くのメッセージを発信してくれたpapaさんになんのお礼も出来ないままですが、このご縁は新しい形になったのだと信じています。

そしてそのことも含め、わたしに起きたことも含め、心を送ってくださっているこだま荘のこたまちゃんの記事にたどり着きました。
涙が出ました。ありがたくて、ありがたくて。
どうしても一言、お礼を言いたかったのですが、コメントを書く欄がなかったので、この場を借りてお礼を言わせて頂きました。

顔の見えないお付き合いはいろいろあると思うのです。でも、こんなにも深い心の交流ができた一瞬があったことは、何にも変えられない喜びです。
このブログを訪れてくださっているみなさん、本当に本当にありがとうございます。

2005年12月28日 (水)

マッサージをしよう!(心に効く!)

今年の冬はわたしにとって、チャレンジの冬です。去年、薬のアレルギーでショック症状を起こし危篤にまでなってから、西洋医学に対しての考えが全くかわりました。自分の気力体力を立て直しながら、あらゆる情報を集め、薬を使わない治療方法に切り替える決心をしたのが、今年の9月。それから徐々に薬は減りつつあります。そして薬を減らしはじめて、最初の冬がいまです。
薬を飲んで痛みを抑えていた頃でも、冬の寒さはリウマチ患者にとっては天敵です。それを今年は薬に頼らず乗り切ろうとしています。正直、辛い(苦笑)。びっくりするほど体が動かず、びっくりするほど痛いです。でも免疫療法の医師が『血液、いい状態になってきたよー。がんばってるねー。』と言ってくれているので、なんとか気持ちを保てている状態です。でも『本当にこの痛みから解放されるときがくるのだろうか?』と毎日思ってしまいます。
そんなとき、山形の父の入院がありました。一も二もなく、山形に駆けつけ、毎日病院に通いました。それは自分でも驚くほどの体力と、痛みからの解放の時間でした。札幌を離れ、いつもどおりの治療はできず、生活も非日常なのに、です。きっと、歴代のじっちゃん、ばっちゃんが空の上からパワーを送ってくれていたのだと思います。
それでも、義父が亡くなったショックと休む間もないお葬式の準備の中で、ついにドーッと体が崩れる瞬間がきてしまいました。ちょうどその日、福岡からわたしの両親が駆けつけてくれたので、一晩、両親の宿で休むことになりました。
宿に向かう車の振動が体に突き刺さるように痛い、息をすると肋骨が動くのが痛い、おはしを口に運ぶ腕の動きがまた痛い、当然、座る姿勢も、寝る姿勢も、わたしを楽にはしてくれませんでした。それで、母が『とにかく温泉に入ろう、あったまろう』というので、ちょっとずつ足を動かし、家族風呂まで行きました。当然、自分で服をぬぐ力もなく、母の介助でお風呂に入ることが出来ました。
それからです、母の『集中治療』が始まりました。そうです、わたしの二人目のマッサージセラピストは母です。お風呂で温まった体をひたすら、さすります。冷たい手足に体温が戻るまで繰り返します。母はマッサージの資格もありません。それはもう、ひたすら愛情を注ぐマッサージだったのでしょう。その一晩の集中治療のおかげで、なんとわたしの体は軽やかに歩けるほどに、笑顔が出るほどに回復したのです。
マッサージという行為は、皮膚から皮膚へエネルギーを移すことなのだと思うのです。それが愛であり、善の意識であるなら、体だけでなく、心にも響くマッサージになると思います。そこには資格があるとか、勉強をどのくらいするとか以上に、相手のことをどれだけ思えるかという要素もあるのだと思います。だから、わたしは家族の中でマッサージをすることを勧めています。ある程度の大人になると、親の肌に触れる機会や、逆に子どもの肌に触れる機会は少なくなるかもしれません。そのとき、『マッサージしよう!』という口実があると、照れがなく、触れ合う時間が持てます。それが言葉以上に何かを伝える時間にもなるのです。

2005年12月27日 (火)

マッサージをしよう!(体に効く!)

みなさんにとって、日常の中でマッサージは身近なものでしょうか?私はある時期までとっても縁遠いものでした。若いときから体のあちこちに痛みがある病なので、『人に触られる』ということがとても怖かったんです。いつも会っている専門の医師でさえ、『あ、ごめん、これ痛かった?』なーんて言いながら触診するので、まして、わたしの病を熟知しない誰かに触られるというのは恐怖以外の何ものでもなかったのです。
でもオーラソーマをはじめて、セラピストの友達ができ、施術を受ける機会ができて、『あー、ちゃんと理解してくれる人の触れる手は暖かい』と思えるようになりました。そして自分も人に触れるときには、できる限り、やさしく、暖かく、そして何より相手を理解することをモットーにしています。
そんなわけでいまわたしには3人ほど、専属のマッサージセラピストがいます。ひとりはうちから歩いて2分のところにある鍼灸治療院の先生。この方のマッサージは『おお!これが国家資格の技か!』と思うほど、それこそ痛いところに手が届くような治療で、確実に痛みが半減します。そしてなにより聞き上手!わたしの状態を的確な質問で引き出してくれます。スケジュールまで聞いてくれるので、安心して無理も言うことができます。
この先生の治療は患部(私の場合とくにひざですが)にタオルを一枚かけて、その上から手でひざを揺らすようにもんでくれます。それだけ!初めてのときは、それが痛みの元を探っている行為で、その後、マッサージがあるのかと思ったほど、軽いものでした。それなのに、行きに引きずって歩いていた足が、帰りには軽やかに歩け、びっくりしたのを覚えています。
痛みは血行不良から起こる場合があるそうです。まして、ステロイドや消炎鎮痛剤などを常飲している場合は、それだけで血行不良を起こしています。薬の血行不良でまた痛みを増す、という悪循環に陥りやすいのです。健康な方より、もっと血流をよくすることを心がけなければいけません。そこで、マッサージはとても効果的です。
ご家族と暮らしていらっしゃるなら、ちょっと痛いところをさすってもらう、お一人暮らしなら指先をもむなど、いまこの瞬間からできるマッサージがあります。はじめてみませんか?

※二人目は『心に効く!』で登場します。

2005年12月26日 (月)

雪のクリスマス

2005 札幌は車道も歩道も真っ白です。
去年は病室の窓からこの雪を眺めていました。風に乗って斜めに降る雪の様子も、積もった雪に太陽の光があたる景色も、窓一枚隔てただけで、自分とは違う世界の景色のように見えました。
でも今年はその雪の上を踏みしめています。

この週末は久しぶりに夫と二人でゆっくり過ごす週末でした。ここ数ヶ月、日常ではない生活を送っていたので、買い物をしたり、ビデオを見たり、なんでもないことが安らぎをくれる時間になりました。

お昼、ちょっと晴れ間が見えたので、『いまだ!』と言って、一番近くのコンビニに行きました。しかもアイスを買いに。どうしても必要というものではないものを、しかも普段食べないものをなぜか、ワクワクしながら買いに行きました。そしたら、雪が、去年、怖いと思っていた雪の道がとてもきれいで、フワフワ、サクサクしていて、寒さを感じる間もなく、楽しく短い散歩ができました。山形から戻って以来、私用で出かけたのはこれが最初でした。ここ数日のどこか虚ろだった日常が、この日、しっかりした実感になって戻ってきたような気がしました。

2005 わたしにとってははじめての札幌でのクリスマス。でも何をしようにも体力がついてこないので、夫が久しぶりにビデオ見よう!と借りてきてくれました。
そ・れ・は・・・『壬生義士伝』と『たそがれ清兵』・・・重い(笑)。クリスマスになぜだ!?との思いもあったのですが、『ずっと見たかったんだぁ』という夫の満面の笑みには逆らえず、ビデオ鑑賞スタート、そしてハマリました。
『人を斬る』ということが正当化されることは到底、理解できないことなのですが、武士の心が信心に近い志であることに惹きつけられました。
わたしは今、ちゃんと何かを志しているだろうか?ちゃんと何かを守っているだろうか?と深く静かに自分を振り返る時間になりました。
今日は久しぶりに一日中、仕事もしました。今できることに力を注ぐこと、この積み重ねが次の答えを連れてきてくれるのだと思います。

2005年12月24日 (土)

メリークリスマス

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今年はクリスマスがあっと言う間に来たような気がします。
こんなふうにあっという間に大晦日が来て、あっという間に年が明けるのでしょう。
それでも時間が過ぎるということが、心に平穏をもたらすこともあるのですよね。

家の中に閉じこもって、(雪に閉じ込められて?)いるので世の中の動きや流れにここ最近、乗れていないのですが、街ではしっかりクリスマスの雰囲気が溢れているようです。

これは夫が仕事帰りに撮ってきてくれた大通公園のイルミネーションです。
今日は多くのご家族や恋人達でにぎわうことでしょう。

みなさんも素敵な夜をお過ごし下さい。

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2005年12月16日 (金)

みなさん、ありがとうございます

ここ数回のブログの記事が私事なのにも関わらず、多くのみなさまにお心を届けて頂いたことに、深く感謝しております。
そのお気持ちに応えるには、私自身が元気を取り戻し、義父が教えてくれたことを未来に繋げていくことだと思っております。
ただ今日まで、今の思いを気持ちのままに書かせて頂くことをお許しください。
お時間があったら、お付き合い下さい。

義父は100年以上続く薬屋の9代目として生まれ、自分のことはさておき、地域の人たちの健康と幸せを見守ることに徹した生き方をした人でした。老舗の薬屋という重荷を子どもには負わせないようにと、義父の代で会社組織にし、子ども達にはそれぞれ好きな道を進ませていたことも、わたしが尊敬する大きな理由の一つでした。また学生の頃に大病し、死を覚悟した経験を持ち、その後も体の不調とともに生きていたので、わたしのことを深く理解してくれる人でもありました。趣味といった趣味ももたず、ひたすら誠実に仕事をし、家族の笑顔を何よりの宝にするような人でした。

そんな義父が手術の前の入院で珍しく欲しがったものがありました。それが新井満が訳した『千の風になって』『青春とは』という二つの詩集でした。父が寝ている横でそっとその本を見たとき、稲妻のようなものが胸の中に走ったのが、いま思うと胸騒ぎだったのだと思います。

『千の風になって』は作者不明の詩です。『私のお墓の前で泣かないでください。そこにわたしはいません。千の風になってあの大きな空を吹きわたっています』そんな内容でした。
『なんで!?おとうさん、なんでこれが欲しかったの?』とそのとき、問いただして義父の心のうちを吐き出させておけば、こんな結果にならなかったのかとも思いました。でも、何事も自分で決めて、決して動じず、心静かに受け止めてきた義父のこと、まさか、思いつめてのことではないと自分に言い聞かせていました。

もうひとつの『青春とは』は『真の青春とは若き肉体の中にではなく、若き精神の中にこそある』といった内容の詩でした。わたしが義父にこの本の内容を聞いたとき、義父は一言、『青春とは実践・・・だな』と教えてくれました。あとで読み返してみるとその言葉は見当たりませんでした。『青春とは実践』これは義父のオリジナルの言葉でした。それを知ったとき、やはり義父は生きたかったのだと、生きるために勇気を持って手術に望んだのだと思いました。

亡くなった今、本当に義父は千の風になってわたしたちの周りにいることを感じています。
前よりもずっと近く感じ、ずっと多く義父に呼びかけています。そして答えてくれています。さみしい、いまはひたすらさみしいです。でも、この涙の暖かさはきっと、これからの私たちの未来に力をくれるものだと思っています。そしていつか天上で会った時、『よくやったなあ』と義父に言われるような人生をつくっていきたいと思っています。
ご拝読ありがとうございました。

2005年12月12日 (月)

山形より

12月8日、義父が息をひきとりました。
今日、皆様のおかげをもちまして、滞りなく式を終え、見送ることができました。
まだ言葉にならず、一言のご報告になることをお許し下さい。
亡くなった日から雪が降り続き、一面真っ白な景色の中でのお葬式でした。
その美しさが義父の生き方と重なりました。
お心を届けて頂いた皆様に深く感謝致しております。051212_10480002.jpg

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