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2006年7月25日 (火)

精神力の先にあるもの

いま北海道近代美術館で行われている『鑑真和上展』に行ってきました。

実は2回目です。一度目は国宝が目の前にあることだけでクラクラと舞い上がってしまい、どんな展示物だったのか、どんな意味が含まれていたのかあまりしっかり見れませんでした。だって、だってですよ、遠い昔教科書で見たような四天王立像の広目天や多聞天がなんの仕切りもなく、目の前に立っているんです。1000年のときを越え、同じ空気を吸ってるんです。すごい!と思うより、『えー!?』と思ってしまい、その浮ついた感覚だけで一気に見終わってしまった、実にもったいなかった。

そこで、二度目は説明ガイドのヘッドホンを借りて、再チャレンジしました。今度は目の前の時の証人がなにを語っているのかよくわかりました。わかってみると今度はその深さに圧倒され、この1200年、人間は何をしてきたのだ!と、それ以上に私は何をしているのだ!と、無言で見据える数々の像に問いかけられる時間になりました。

鑑真は55歳にして、日本の乱れた仏教の世界に戒律を与えるために国の法律を犯してまで日本に来ることを決めました。その後、5度の失敗を経て、視力を失いながらも12年かけて日本にたどり着き、志を果たしました。
たった3行でわたしが書いてしまったこの行動がどれだけ大変なことだったか、想像してもしきれない・・・、その精神はどれほど崇高で力強かったか・・・。
以前、『精神力がすべて!』という記事を書きましたが、精神力の先にあるものを見せつけられた気がしました。体力と精神力は『志を果たす』『使命を果たす』ときのひとつの道具にすぎず、むしろ『志・使命』を見据える目が人を動かし、歴史を動かすのだと思いました。

わたしの好きなガリレオ・ガリレイは、地動説を唱えることにより、それまで築いた地位も名誉も財産もすべて教会に奪われ、閉じ込められるようにして過ごした晩年に『やはり正しいことを後の世に伝えなければ』とリウマチで激痛の走る身体を机に縛り付けるようにして地動説を書き残したそうです。
鑑真もガリレオも決して『健康な』体ではなかったときに、歴史を動かす大仕事を成し遂げています。それはきっと自分の使命を確信している者の強さなのだと思うのです。

『君が動き出せないのは体力がないからなのか?志が弱いからじゃないのか?』そんな言葉が頭の中で繰り返されている中で見た鑑真和上坐像は深い森の湖のように静かな佇まいで優しいオーラを発していました。

2009年唐招提寺の平成大修理が完成するそうです。『その頃、唐招提寺にいく』またひとつ目標ができました。

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コメント

ぢゅんさん、こんにちは。実は今日私も同じようなことを考えていて記事を書きました。ぢゅんさんの記事みたいに文化の薫り高くはないのですが(汗)。自分が生きている意味が漠然とわかってはきたのですが、早くもっとはっきりさせたいなあ(既に結構トシくっているのですが)。

ぢゅんさん、こんばんは。
”精神力の先にあるもの”
心に響く言葉です。信念があればいつか道は開けると思っています。でも考えてみればそれは自分本位の信念。
鑑真やガリレオのように歴史を動かしてきた人々は、自分本位の考えを捨てたからこそできた行動なんでしょね。
そして、何かに導かれてその道を行かずにはいられなかったような気がします。

みーまさん、おはようございます!
みーまさんの記事、拝見しました。
そうなんです!健康は目標ですが、生きる目的ではないとわたしも思うのです。
昔、『健全な魂は健全な肉体に宿るんだ』とスパルタな体育の教師がいましたが、今ならその間違いを論破できるのにと思います。
使命ってそれが世の中的に大きいか小さいかが問題ではなくて、『自分が』やるべきことかどうかに焦点をあてて行動することで見えてくるんだなと最近思います。

レイハネさん、おはようございます。

危険な旅に出ようとする鑑真を弟子が止めたとき、鑑真は『布教の機会が目の前にあるのに、なぜ命を惜しむのだ』と言ったそうです。
微塵の迷いもなかったのでしょうね。それはレイハネさんがおっしゃるように『導かれた』意識からくるのかもしれませんね。
その日の体調に一喜一憂しているしている自分が恥ずかしくなりました。もっと視線を上げて、視野を広く生きたいです!

ぢゅんさん、おはようございます。

その体育教師、間違いです。正しくは、「健全な魂は健全な肉体に宿るのが望ましい」だったと思います。ちなみに、先生と呼ばれる地位につくと(よっぽど人間ができていない限り)現世の修行には邪魔になることのほうが多い、というのが私の持論です。

私の拙文、読んでいただいてありがとうございました!

ぢゅんさんこんにちわ!遊びにきました!

鑑真和上の像を、ずい分前に私も以前見にいったことがありました。

この像を見ているとき、1300年前の彫った人の視線
と鑑真の前にいるちっぽけな自分が重なった瞬間を感じて一瞬動けなくなったことがありました。そんなに派手な芸術品というわけではないけれど、印象深いものがありました。
もう大分前なので変わったかもしれませんが、唐招提寺って不思議なところです。一緒にいった友達も言っていたのですが、体に入ってる余計な力が抜けるような気がしましたよ。。。

鑑真和上のお姿は、ずっとながめていても飽きませんでした。
そこだけ空気が澄んでいるような・・・。

時を越えてなお、私達に問いかけてくる像の数々。
人間ってすごいですね。
そうやって魂のこもったものを生み出せるのですから。
そして、その魂を、現代の私達が受け取ることができるのですから。

私もまた見に行きたくなっちゃいました。

みーまさん、こんにちは!
そうなんです、あとになってわたしもこの文の間違いを知ったとき、先生の罪の深さを知りました。
それからですかね、大人とか権威とかに疑いの目をかけるようになったのは(笑)。
でもその分、自分の目を信じようとする力はついたかもしれないので、その意味では感謝ですね。

BR_GIRLさん、こんにちは!
ご訪問&コメント頂き、ありがとうございます!

この近代美術館の展覧会に写真パネルが飾ってあるのですが、それをみて『やっぱり唐招提寺でもう一度会いたい』と思いました。
場の気も感じてみたいし、また独特な雰囲気なのだろうなといまから3年先に訪れることをワクワクしながら待ってる感じです。
BR_GIRLさんの言葉で俄然、行く気度がアップしました!
ありがとうございました!

Serena fionaさん、こんにちは。

> 人間ってすごい

ほんとにそうですね。
いろんな展示会に行くたびにそう思います。
すごい面もあるし、愚かな面もある・・・。
それはわかっているけど、少しでも賢く生きる人間でありたいと思います。
 

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