なんのために
なんのために生まれたのか。
なんのために生きていくのか。
なんのために死ぬのか。
もう一度真剣に考えよう。
ひとりじゃこわいなら誰かと話そう。
答えが出なくても考えよう。
ということを教えてくれる『ブッダ』。
昨日から読み始めました。
ここ一ヶ月ほど読もう読もうと思っていて手に取ったのが昨日4月9日。
そしてブッダが生まれた日は4月8日だと書いてありました。
一日ズレてるところがまだまだ修行が足りません^^;。
今日読んだ章でブッダが国を出ました。
全てを捨てて、身一つで。
わたしにはまだまだいっぱいくっついているなと思いました。
欲も、見栄も、いいかっこしいも、執着も・・・。
布一枚を身につけて、髪の毛をそり落として、振り返ったときの晴れ晴れとしたブッダの姿。
まぶしいです。
コメント
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ぢゅんさ~ん!
やっと私もヒマになりそうよ~~。
来週あたり外いきましょ~~!!
桜の蕾でも見に行こうか?
ブッダの話、聞かせてくださーい!!(笑)
私もまだまだ欲や見栄や執着がいっぱい。。。
でも、人間だから、多少は仕方が無いと思うよ。
だけど、知ると知らないとでは雲泥の差だよね。
自分の至らなさを知るだけでも、人は成長できるよね。。。
投稿: my | 2009年4月10日 (金) 16:58
myさん
お疲れ様でございました~!
ほっとされたけど、さみしさも出ていることでしょうか?
いや、きっと次のステップに向けて張り切っていらっしゃいますよね!
ぜひぜひお会いしたいです。
待ってました(笑)。
ブッダの話、止まりませんよ(爆)。
読んでいると自分のことを照らし合わせて考えずにはいられなくて、ここのところ日々座禅を組んでいる心境です。
>自分の至らなさを知るだけでも、
ほんとにそうですね。
振り返ってみるだけでも次の一歩が違う気がします。
投稿: ぢゅん | 2009年4月11日 (土) 19:48
お釈迦様が悟りを開かれたのは、菩提樹の木の下でリラックスしている時だったそうです。
遊行している中でもなく、苦行している中でもなく、リラックスしている中で開かれる、というところが面白いと思いました。
仏像を見ても、菩薩や如来は温和な表情をしていますね。
投稿: shigeo | 2009年4月12日 (日) 17:47
shigeoさん
こんにちは。
その悟りも身を切り裂かれるような苦悩の先にあったのだなと思いました。
手塚治虫の『ブッダ』はブッダだけではなく登場人物がとても人間臭く描かれているので、その都度自分に置き換えながら読んでいます。
人に会って、とても温和な顔をされていると、大きな苦難を乗り越えた方なのだろうなと思います。
投稿: ぢゅん | 2009年4月13日 (月) 10:30