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2011年1月29日 (土)

障害年金への道~5~

いまの主治医の先生に診断書をお願いしているのですが、お電話がありました。
「測定して書かなきゃいけない部分があるので、病院に来て~」と。

やっぱりな。
社会保険事務所からもらった診断書、べろ~んって長かったもん。
なんかもう、これってA何サイズ?っていうような紙だった(笑)。

早速、木曜日にリハビリ室を訪れ、測定を行ってきました。
指、一本一本の角度から計り、腕や足の太さまで。
股関節や膝、肘がどのくらい開くか、とじるかなど、まるっと一時間かかりました。
ちなみに握力はゼロでした、いや~んcrying
これで一応、診断書進むのかな。

それにしても、国って税金とるときは有無を言わさず、がっぽりさっさととるけど、お金を出すときはすごい行程が必要なんだね。
しかも、これに限らず精神をえぐってくるような質問してくるし。
もしかしたら遺族年金とかも大変なのかな。

ただでさえ傷ついているのだから、もう少し優しい制度であってほしいなと思うのでした。

ハレルヤ

夢を見ました。

ある方の追悼のためにマラソン大会を開く夢。

私が主催で、先頭を走りタイムキーパーをつとめました。
振り返ると、いつもの仲間たちがニコニコとついてきてくれていました。

その道は、あるときはアスファルト、あるときは田圃道。
そして最後は木と木の間をよじ登るような山道でした。

ゴールして、みんなで汗をきらめかせながら、おにぎりを食べました。
みんな笑顔でした。

鍼美人さん、楽しい思い出をまたひとつ作ってくれましたね。
久しぶりに走る感覚を思い出せました。
わたし、まだまだやれるよね。

ありがとう、鍼美人さん。
みんなでまた会いましょう。

2011年1月25日 (火)

障害年金への道~4~

できあがった三つの書類、受診証明書、病歴状況申立書、委任状をもって昨日、母が社会保険事務所に行ってくれました。
2度目の事務所訪問です。

基本的には「条件を満たしています!」ということで、次の段階に進むことに。
次の提出に必要な書類が書かれた紙をもらってきました。

次の必要なのは
・住民票(本籍入り)
・診断書(現在の主治医に書いてもらうもの、専用の用紙あり)
・振込先通帳
・所得証明(労務士さんに念のため用意してと言われたもの)
・受診証明書の添付書類
・印鑑
・委任状

昨日のうちに病院に電話し、主治医の先生にお願いし、用紙を届けてきました。
用紙は病院の受付に届けるのですが、書類制作料は4,200円でした。
10日~2週間ほどかかるそうです。

次に区役所で住民票と所得証明をとりました。
住民票は年金申請用というと無料でした。
所得証明はとりあえず1年分で300円でした。

家に戻り、もうひとつ書類を作成。
それは初診の病院から届いた受診証明書の日付が、実際の初診の日と異なることについての説明書です。
保険事務所からもらった用紙に2回下書きして、三枚目にやっと清書。
とりあえず、完成しました。

ほんとに書類がいっぱい必要!
途中で息切れしないようにがんばりましょう。

つぎは病院から診断書が届いたら、いよいよ申請も後半戦です!

むっちゃん

Photo
この子は・・・むっちゃんです。

むつごろうという有明海に住む魚がいます。
その魚をイラストにしています。
でもなんか・・・、コワイ。
水木しげる的なにおいを感じます。
なんの絵かというと

Photo_2 “むっちゃんまんじゅう”の看板。

いくら、「超うまい!」とか、「焼きたてです!」と書かれても、「黒餡」「白餡」「カスタード」と書かれても、全然、お菓子感がない(笑)。

食べると夜、呪われそうな存在感すら漂う。

でもね~、ここ、いっぱいいるんですよ、お客さん。
で、買ってみました。

おいしいかどうかは、あなた次第ですsmile

夜中に仲間を連れて襲って来たり、おなかから這い出してきたりはしませんでした。
ご安心をnote

2011年1月24日 (月)

障害年金への道~3~

金曜日、19年前初めて受診した病院から受診証明書が届きました。
これで第二段階に進めます!
と、おもいきや、初診を受けた日付が5年もずれている!?
わたしが受診したのは1992年8月。
なのに受診証明書には1997年5月と記されています。
???。
また、病院に電話。めんどくさ~い!

すると「カルテを破棄してパソコンにデータを移した時に、古い記録を一括して移した日の日付にしています。」とのこと。
納得はできたけど、書類としては私の初診の日付が記されているわけではないので、これを保険事務所がどう処理するか・・・。
あ~、スムースにいかないね~。

ま、とにかく次の提出の書類を作成することにしました。
2度目の保険事務所行きに必要な書類は
・受診証明書
・病歴状況申立書(A3の大きさ、裏表記入欄あり。私の場合、受診した病院が多いので2枚になりました)
・委任状
です。

この病歴状況申立書がたいへん!
内容としては発病した時の状態、日常生活の状況(発病時と現在)、初診から現在までの病院遍歴と経過を細かく書かなければいけません。
とくに私の場合、19年間で引っ越しも多く、病院は10か所にのぼります。
この10か所についてそれぞれ受診期間、治療状況、自覚症状の変化、受診中止の理由などを埋めていかなければなりません。
4時間かかりました~!

体力的にも大変ですが、思い出しても腹が立つ病院の対応などを振り返るのに精神的ダメージもあります。
アドバイスとしては、
①この年金請求申し立て自体をはやめに行うこと。(初診から1年半後には可能だそうです)
②代筆可能な書類なのでだれかと楽しく書くこと。
くらいでしょうか。

認められるまでに時間も手間もかかる申請なので、体力と精神力をうまくコントロールしながら進めていくのが大切かと思います。

2011年1月18日 (火)

障害年金への道~2~

昨日、資料を送った病院から電話がありました。
金曜日に速達で送ったのですが、火曜日くらいに返事があるといいなと思っていたので、早い対応に感謝感謝です。

証明書を出すにあたっての料金の振込先のご連絡でした。
(ちなみに3,150円でした。)
すぐにパソコンで振り込みましたが、これを先方が確認したら、いよいよ受診証明書が送られてきます。

これは非常にスムースにいった例だと思います。
心ある看護師さんに出会ってありがたかったです。
このままとんとん拍子でありますように!

届くもんなら言っちゃえ!

昨日見たDVD「オーケストラ!」にこんな場面がありました。

30年ぶりに復活したオーケストラが大舞台でどうにもこうにもならなくなったとき、オーケストラのマネージャーが天を仰いで言います。

「神様!いるんなら証明してくれ!」と。

そしたら見事、演奏は大成功に終わりました。

普通なら、「神様、お願いします!」って言いそうですよね。
でもそれじゃあ、気持ちが足りなかったんだと思うんです。
なんとかしたい!!という気持ちが言葉になったとき、神様に対しても命令形だったのでしょうね。
神様も思わず、「あ!はいはい!いますぐ!」って思うくらい強い人の気持ちは、運命も状況も乗り越えて、奇跡を連れてくるもんなんだと思います。

わたしは人生で何度か神様に命令形どころか、ケンカ売ることがあります。
「神様、そっちいったら覚えとけよ!」って。
恐れ多いね。
でも、「なぜわたしが!?」「なぜいま!?」「どうしてこんなことが!?」って、答えが出ない状況に怒りがわきあがる瞬間が、真面目に生きているほどありますよね。

そんなときは言っちゃったらいいんじゃないかな?神様に。
その強い想いが形になるきっかけになるかもしれません。

2011年1月15日 (土)

障害年金への道~第一回手続き~

さてさて、じゃあ申請してみよう!と家族会議で決定したので、叔母に連絡するとすぐに労務士さんとスケジュールを合わせてくれました。

1月13日、母、叔母、労務士さんで社会保険事務所(現在、年金事務所)に行ってくれました。
この際に必要だった書類は本人の年金手帳。
まずはこれと、代理人(今回は母)の身分証明書のコピーをとられました。
そして本人もしくは代理人が書かなければいけない書類&委任状などを山ほどもらって、母は帰ってきました。

そして言うのです。
「まず必要な書類が“初診を受けた病院の受診証明書”だって!これがないと始まらないって!」と。

おいおい、初診ってほぼ19年前だぞ~。
当然、引っ越しもしているし、当時の主治医なんかいないぞ~。
むちゃ言うな~、国!
というのが第一印象でした。

でも「気合でとる!」という母が取りあえず、当時の病院に電話。
リウマチ科の看護師さんにひととおり事情を説明するも、最初はOKが出ませんでした。
理由は
○たしかに受診の記録はパソコンに残っているのだが、カルテは5年過ぎたら処分されていて症状や病名の確認が取れない
○いまは当時のことを知る医師がいない
○証明にサインする医師(私とは関わっていない医師)に責任がかかる
というものでした。

しかし、母は食い下がり、いままでの経緯を丁寧に説明し、いま申請をする意味を伝えました。

そしたら電話口の看護師さんが「わかりました。診察が終わったらもう一度先生と話してみます。」と言ってくださいました。
その日は夜まで一日待ちましたが返事はありませんでした。

でも母は「時間がかかっているってことは、良い事!」と気合を入れ続け待っていました。
そしたら、次の朝いちばんで電話が!
受診証明書を書くという連絡でした。

とりあえず、第一関門突破です。
勝利の余韻に浸る間もなく、次は病院への書類作りです。
書いてもらう受信証明書、本人の身分証のコピー、代理人の身分証のコピー、カルテがないので簡単に受診の経緯と病歴を書いた説明書を作成し、お礼のお手紙を添えて、速達でGO!

申請に動き出してたった二日でこれだけの労力。
しかもまだほんの第一段階です。
私の場合、全力サポートチーム(家族ほか)がついてくれているのでありがたいのですが、この申請をする方々はもっと深刻な状況のはず。
一回一回、人に依頼するにはお金も時間もかかるだろうし、何より過去の証明は気力も体力もいります。
税金を使うことなので慎重になるのもわかるし、犯罪がおこることを避けたいのもわかるけど、もう少しなんとかならないでしょうかね。

さあ、つぎは病院からの返事が来ることで第二段階がはじまります。

障害基礎年金について~プロローグ~

今日はちょっと真面目な話です。

わたしは19歳で関節リウマチの診断を受け、32歳のときに身障者手帳(2級)の交付をうけました。
これは医療費やその他の補助が受けられるよ~、お得だよ~とその当時の主治医に言われたからでした。(ほんとにこんな軽いノリの先生だったんです)

実際、この手帳があると何に便利かというと、各県で全然補助が違うんです。
たとえば
札幌・・・年間60枚×600円のタクシーチケット。県の近代美術館の入場割引(本人無料)。
秋田・・・医療費全額無料(もちろん薬代も)。
福岡・・・地下鉄無料カード。博物館入場割引(本人すらたった200円引き)
※補助の度合いは扶養者の所得による、という県もあります。

お気づきでしょうか?
そう!福岡、なんてしょぼいんだ!?
だいたい、両手足の自由がきかないって言ってる人に対して、地下鉄ってアンタ!なんのサポートにもなっていない・・・。
頼むよ、新市長!(昨年11月に福岡市の市長は元民放アナウンサー37歳高島くんになりました。)

で、福岡に来てから福祉がなっていないとさんざん愚痴っていたら、叔母が知り合いの労務士さんに聞いてくれたらしいんです。
そしたら「姪っこさんの場合、障害年金がもらえると思いますよ。わたしが手伝いましょう!」と言ってくれました。

障害年金・・・。
これまで考えたこともなかったことでした。
自分がそこまでの状態だということに正直、実感なかったし、福岡来るまでは肉体的にも金銭的にもそこそこやってこれてたし。

でも考えたら私の場合、普通の月一回の医療費のほかに保険がきかない治療費(自律神経免疫療法のサプリ、鍼灸、整体、リハビリなど)が平均したら月10万円くらいはかかっているんですよね。これに去年は入院2回もしちゃったし。

国がサポートしてくれるんであればそれはありがたいかも、ってことで今回申請してみることにしました。
でも申請イコール認定、支給ってことではないらしく、これから何度も書類を書いて、社会保険事務所に提出しなければいけないらしいです。
その実態を書いておこうかと思います。

大変なことはなんなのか?メリットは?デメリットは?腹立つことは?うれしいことは?など、今回の手続きで気づいたことを書いて、今後同じ申請を考えている方、もしくは申請を受け付ける側の方の参考になるといいなと思います。

次回は手続き第一回のお話です。
これが第何回まで続くやら・・・、その後支給は受けられるのか?
未知の領域です。

2011年1月13日 (木)

目線を変える

110112_143810福岡タワーにのぼってきました^^。
今年に入ってもう2回目。
高いとこ、好き~!
テンション上がる~happy02

いつも過ごしている街や、通っている道で、なにもかも見慣れているはずだけど、目線を変えると「へえ~!?」という顔を見せてくれます。

歩いていくと遠いはずの海も、真下に広がってたり!


110112_144028_3ビルの頭頂部?を見る機会なんて、めったにないしね。

意外とヘリコプターの降りる場所がいっぱいあるんだなとか。

博物館の屋上に人がいっぱい歩いていて、見学ツアーあるのかな?とか。

地上では気づかないことに気づきます。
110112_143925_2 オットがいつも歩いている朝散歩のコースを上から見て、エアー散歩してみたり^^。

「お~、意外と長距離歩いてんじゃ~ん!」みたいなね。

この街を自分の足で歩きまわれるように、早くなろう!と改めて思いました。

何かに煮詰まったり、ちょっと方向性を変えたいと思ったときは、目線が変わる場所に行ってみるのは効果的かもしれません。
見えるものが変わるだけで、考え方がふっと変わったりします。

110112_144435 ほら!タワー内にある看板なんて、こうですよ。

北 イギリス、西 インドみたいな(笑)。
なんてグローバルな視点!
(そういわれましても~って気がしないでもないけど^^)

半径3m位でしか生活できてなくても、その下は地球なんだなってことを感じると、ぐわっと意識が広がる気がします。










       

2011年1月 8日 (土)

papaさんへ

さきほどpapaさんのブログを拝見し、なるほど~!!と思ったので記事にします。

papaさんの記事「マクロビと進化論(2)給食とおしりと空腹論」。

その中でチンパンジーと人間の遺伝子の差はたった1%。
そしてその1%の違いは“おしりと胸に脂肪を蓄える”“高い機能の脳”。
私がピン!ときたのは、“おしりと胸に脂肪を蓄える”という部分です。

この1%は大きな大きな違いだと思うのです。
本来ならね。
でもわたしはこの一年で、胸はまっ平、おしりはぺっちゃんこになっています。
血液検査を見て小川先生も「ど貧血!栄養失調!」といわれるしまつ。
当然、蓄えるほどの脂肪が身についていないのです。

そこで振り返って思うのは、去年一年でできなかったこと、それは
“未来のことを考えられない”ということでした。

チンパンジーの脳は一瞬一瞬を生きる脳だと聞きました。
わたしも目の前1mのことしか見えず、今日のことしか見えていませんでした。
そしてもっというなら、チンパンジーは前向きな一瞬脳、わたしはネガティブな一瞬脳でした。

アカンね、こんなんじゃ。

最近、久しぶりに会った人に、「太ったね!」と言われました、立て続けに。
ちょうど前向きに未来のことをいろいろ考え始めた時期でした。

papaさんの記事を読んで、人間であることをもう一度真剣に生きなければと思いました。
papaさん、ありがとう!

P.S.papaさんに伝言です。
宝くじの結果ですが、残念ながら600円でしたbearing
ある方のためにお花をお供えしたいのですが、使ってもいい?

2011年1月 3日 (月)

あけましたっ!

110103_130157_188x250あけましておめでとうございます!

いや~、あけましたね、2011年。
今年はクリスマスも夫の誕生日も年明けも、ぬる~んと過ぎていきました。
来年はもうちょっとアクティブに進めたい!と思います。

今年のほぼにち手帳はまっかっか!
ボールペンもまっかっか!
去年、オットにおまかせで買ってきてもらったらこれを選んできました。
正直びっくり。

なんかこう、「かーっつ!」というか、「パーンチ!」というか、パワーを与えたかったんでしょうなsmile

ということで、今年は行動力、生命力、活力、愛・・・のレッド精神で進みたいと思います。

今年もよろしくおねがいします!

ぢゅん

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