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2016年8月29日 (月)

健常者対障害者の図式はもう古い!



24時間テレビ、終わりましたね。わたしはNHKの「バリバラ」を観ましたが。

でもね、いずれにしても“健常者~”“障害者~”っていうのは、もういいんじゃないかなあ~。



夫にわざと「妻が障害者ってことで、何か思うところある?」と質問してみました。

「べつに~。なんにも~。ってかなんじゃそりゃ?」という答え。

たぶん、これ、正解。

夫にとってわたしは“ただのぢゅん”であり、“障害者のぢゅん”でも“ぢゅんが障害者”でもないんですよね。

いま世の中の障害者&ご家族って、たぶん多くの人がこんなフラットな感覚で生きていると私は思います。

だってもう21世紀だから。



むか~しむかし、障害は家の恥と隠された。

その昔、障害者はかわいそうなので特別に隔離して保護した。

一昔前、けなげに頑張る障害者をすこしだけ社会に受け入れようとした。

最近、障害者の権利を主張し戦う時代になった。

でもいまはどんな人も行きたい学校に行き、やりたい職業につき、好きな生活をおくれる。

そんな時代になっているとわたしは思いたい。

だってもう21世紀だから。



“目が悪いからメガネかける”と同じくらい、“歩けないから車イス乗る”ってのが普通で

子供が外行きたいって言ったら靴を履かせてあげるのと同じくらい、車イスで買物行きたいって言ったら、はいよ!って押してくれる人がすぐ手配できる世の中だと思いたい。

だってもう21世紀だから。





先日、リハビリ室で学生が模試が近いという話をした。

わたしの先生が「模試、なつかしい!ぼくは模試の前日フラれてボロボロだったけど~。せめて模試が終わってからフッてくれていれば・・・。」と言ったので、わたしが「愛は思いやるものだけど、余裕がないのが恋だからね~。」と言ったら、学生君たちが「メモ!メモ!」とわたしの言葉を繰り返していた。

その後は先生が学生君に「今日はそれ使わないよ?考えた?思いやりは?愛が足りないんじゃない?」ってな感じで注意してて、みんなで笑いながらで過ごしました。

人生って楽しいな~と思いました。こうやってみんなが自分の想いを言葉にして、互いに影響して少し人生を豊かにする。

もしこのとき、みんなが「ぼくは先生」「ぼくは学生」「わたしは患者」とカテゴリーに縛られて過ごしていたらこんな会話は生まれなかったと思う。



だからもう“健常者だから”とか“障害者なのに”とかいらないんじゃないかな。

だってもう21世紀だもん。

さっきから使っているこの言葉は、ある国の(ヨーロッパかな?)の女性議員が過半数になった時、記者が「なぜ女性の議員が増えたのでしょう?」と質問した時の首相の答えです。



“だってもう21世紀だから^^”って。



“女性蔑視をなくそう”という差別感でも

“女性の権利を主張しよう”という闘争心でもなく

肩の力を抜いて、やりたい人がやりたいことをできる時代なんだよということをさらっと一言で言ったオシャレな発言だと思います。



肩の力を抜きつつ、本質を見極めよう。

だってもう21世紀だから(^O^)







ご友人から情報頂きました!!

『2015年カナダで10年ぶりに政権交代を果たした自由党のジャスティン・トルドー首相が、新内閣の閣僚を男性15人、女性15人の男女同数にして話題になっている。』http://m.huffpost.com/jp/entry/8507432

2016年8月23日 (火)

まだ終わってないよ!

リオの夏はまだ終わってない。

パラリンピックがこれからこれから!

そのまえにぜひこの動画を見てほしい。

立った3分。
24時間もいらない。
誰かの意図や幼稚な感性に時間をとられないで、自分の感受性だけで見れる本物の姿。

2016年8月21日 (日)

未来のために

先日、すごい番組を観た。
『ハートネットTV 平和じゃないと生きられない~沖縄で語りだした障害者たち~』

ここ数日、書いては消し書いては消ししながら感想を書いている。
障害を持つ身で戦争を生き抜いてきた人たち。押し殺してきた気持ちが70年経った今、絞り出すように言葉になって語られる。

「一人では生きられない。助けを待つ恐怖」
「いいからわたしたちを置いて行って」
「国家の米食い虫」
「人に『何者か?』みたいに汚い目でみられる」
「国のために戦いたい」

いままで数々、戦争番組や戦争映画をみて「理解」しようとしてきたが、この番組の言葉は「感じた」。
その言葉は私の中に「いまある」感情だった。

わたしは19歳で「病人」になり、32歳で「障害者」になった。
病人になったのは医者に病名を付けられたからで、障害者になったのは身障者手帳をもらったから。
そのことは真剣に考えてきたけど、深刻にならずに済んだのはひとえに家族のおかげだった。
実家も婚家もわたしの味方以外の何物でもなかった。
不便は感じてきたが不幸を感じたことはなかった。

でも7年前、全身が動かなくなったときはじめて恐怖心が芽生えた。
そして地震があった。
毎日毎日、避難所の様子がニュースで流れるのを見て「わたしがあそこにいたら死んでいた」という恐怖心が毎日毎日起こった。
その恐怖は「今ここで起きたら」とつながり、「わたしは家族を死なせてしまう」と膨れ上がった。

いままで、まだ起きてないことを不安に思うより、幸せを作りだす努力をしようと生きてきた。でもこの時期は恐怖心が生活の中にはびこっていた。

それでも、「わたしは幸せだよね。幸せを感じていきているよね。」との想いは信念のように確固として自分の中にあった。
この想いを前面に出して生きられないのだろうか。病気だろうが障害だろうが幸せを感じて生きる社会を作れないのだろうか。そのためにできることはなんだろう。
頭と心がそんな想いにシフトしたとき、恐怖心が消えていた。

番組の中で基地移転問題のデモ隊の中にいた80歳の視覚障害を持った男性のインタビューがある。
戦争の苦しみも、障害への差別もいやというほど経験している上、いまデモに加わるほどの活力はどこから来るのかとリポーターは聞いた。

「未来に賭けてるからだと思うんです。」と彼は答えた。

これだ!と。わたしもそうだ!と思った。
“未来”は時間だけではなく、“子供たち”だったり、“希望”だったり、大切なものに置き換えられるけど、今を今のままにしないため動くんだと思った。

苦しみというものに何の意味があるんだと思ったこともあるけど、苦しみを昇華する方法にたどり着いた人から未来を変えられるかもしれない。
だとしたら、わたしたちは苦しみを自分の苦しみのまま終わらせず、もうひと頑張りするしかないね、“未来”のために。

この番組は二年前の再放送だった。
今、見なさいということだったのだと思う。
いまの気持ちをさらけ出してみました、未来を変えるために。


2016年8月18日 (木)

術後100日目!

3月に両股関節、5月に両ヒザを手術してから私の人生は変わりました。
いや、正確に言うとまだ生活は変わっていません。

でも人生の目標は大きく変わりました。
できないと思っていたことが、視野に入ってきて手が届く目標になりました。
それには物理的にも精神的にも手を貸してくれた人がいっ~~~~ぱいいます。
感謝感謝!

今日で術後100日目!
手術直後の目標を大きく前進させる日にします。
基礎運動から生活動作へ。

脚力をつける、腹筋をつける、歩く、立つということから一歩前進し、それを日常動作に活かしていく練習に入りました。

術後から付けている行動量の日記。
あまり動けなかったら青で、いっぱい動けたら赤。
赤が増えてきたので項目の目標そのものを、今日からランクアップしたいと思います!

何度も言うけど、リハビリって地味です。
だからなんとかワクワクする工夫がほしいところ。
この色つけ行動表は、次の日のモチベーションにもなるし、やってきたことの自信にもなりました(^^)/。

18_2




2016年8月16日 (火)

歩く歩く歩く (術後87日目~)

先週から廊下を歩く練習をやっています。
だいたい20mの直線×4。ぐるっと一周。

リハビリ室は木の床なので適度に滑るけど、廊下は絨毯なので足をしっかりあげないと進めない。

そして距離も一気に80m!
1度目は最終直線で足がガクンと重くなり、タイムも2分30秒。

一週間後の2度目は途中から先生が「このままのペースだと2分きりますよ!あと少し!いける!」とオリンピックコーチ並みに応援してくれるもんだからがんばった。

結果、1分53秒。
「おー!やりましたね(≧∇≦)!!」と言われたから
「男子800m予選くらいのタイムやね(≧∇≦)!」と言ったら
「そこと比べたらいけません( ̄ー ̄ )」って、えー(´Д`)。

ツンデレコーチが(≧∇≦)!!

2016年8月14日 (日)

やりたいことリスト

歩けるようになったらやりたいことリストがもう80個ほどたまってきたのですが、やっと一個、クリアすることができました!

それはお墓参り。

まずは一番近い母方の祖父母のお墓に行ってきました。

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ちゃんと歩けるようになったことを見せることができました。
まだ外のガタガタ道では真下を向いて、こわごわですが^^;。
でも少しずつ距離は伸びてきました。







2016年8月10日 (水)

熊本へ! (術後三か月検診)

8月8日、熊本に行ってきました。
あっちかったー!!
車から出ると息が苦しいほどの熱風。

術後三か月検診。
これはわたしにとってひとつの山場でした。
「手術をしたけど、何もできない」という思いから、「手術をしたからこんなことができるようになった」と思える成果を、なんとかこの日までにあげたかった。

リハビリの先生と「待合室から診察室まで自立歩行する!」という目標を立て、やってきました。
なかなか松葉杖が手放せないとき、甥っ子ちんが来て、部屋の中をトコトコトコトコ歩いている姿を見ました。
それがとーっても刺激になりました。
やらなきゃやらなきゃとしかめっ面だったわたし。
甥っ子ちんみたいにニコニコ、うれしい!たのしい!って歩こう!

すると、急に足に力が入るようになりました。
結果的に自立歩行は最長80m、スピードは10m16秒、段差もクリアするという、目標をはるかに上回る結果を出し、この日にのぞむことができました。

熊本の病院に着くと、まずはリハビリ室を訪ねました。
術後すぐ診ていただいてたリハビリの先生と再会。
「カレンダーに印しつけて待ってたよ!」と言われました。

「じゃ、先生!見せまーす!」と言って、二~三歩歩いて見せたら、
「はっ(゚ロ゚屮)屮??」って、顔された(≧▽≦)。
「もう歩けとるとですか!?はっはっはっは~!!」って大笑い。
そのあと、「写真撮らせて!!」と言われ、立ち姿や歩く姿の動画など撮影会。
結局、二~三歩どころか、20~30mくらい歩きながら撮影。
「いやあ、びっくりした!先生に見せた!?」というから、「診察これから。見せてきます!」
といってリハビリ室を出ました。

廊下に出ると、( ゚Д゚)こんな顔してたってる看護師さんに遭遇。
「あー!久しぶり!立てるようになったよ!」というと、「でしょ?でしょ?いやあ、そうかな?と思ったけど、びっくりして!」って。
この看護師さんは二か月前、退院を手伝ってくれた方でした。
あの時はストレッチャーに寝たまま、福祉タクシーで退院したもんね。
それからナースステーションによると続々と看護師さんが来てくれて、「びっくりした!びっくりした!」って。

わたしがびっくりしたのは、看護師さんたちが小さく見えたことでした。
入院中は、寝ているか車イスかの目線だったので、看護師さんたちがみんな大きく見えてた。
でも今回、立ってお話したら、私の方が背が高かった(#^^#)。

そしてそして、オオトリ、執刀医の先生の診察へ!
呼ばれて待合室で立ち、診察室まで歩きました。
母がドアを開け、次にわたしが部屋に入りました。

では先生の様子を顔文字でご覧ください。
( ^^) → (゜-゜) → (・・? → \(◎o◎)/!!

歩いてくるとは想像してなかったようで、立って入ってきたのが私と気づくまでに数秒かかっていました(≧▽≦)。
その後、「いま、こんな感じです!がんばりました(#^^#)」というと、あっはっはとずっと大笑いされました。

その後、傷の様子やレントゲンや足を動かし角度をみたりして、
「目標達成だねー!」って言ってもらえました。
よかったよかった!最高の成果を見せることができました。

まだまだどんどんできることを増やしていきつつ、次の再会にもびっくりさせられるように、大笑いしてもらえるように、目標を定めたいと思います!
 




荷物を持つ (術後89日目)

小さな荷物を持って、歩けるようになりました。

リハビリルームで身につけた技が、日常生活で活かされた時、はじめて「できたー!」という喜びの気持ちにつながります。

生活って楽しいね!
もっともっとやれること増やしていきたいです!

2016年8月 6日 (土)

段差への挑戦!(術後87日目)

リオオリンピック、始まりましたね。
今年はなんだかいつもとは違う気持ちで見ています。
うまく言えませんが、4年後を感じながら見ています。

4年後、どうなっているか、なんてロンドンオリンピックの時は怖くて想像できなかった。
でも手術を終えた今、4年後の生活が楽しみでしかたありません。
こんな気持ちになれるなんてね。
皆様、ありがとう。

自立歩行に少し自信がついてきて、次の目標は段差の克服です。
外に出ると、段差って至る所にあるんですよね。
歩くのはすり足でもなんとか前に進むものですが、段差は確実に足を上げなければならない。
ということは、確実に片足に全体重をかける瞬間があるということ。
これがね、難しかった。
でも、笑顔でスパルタな先生たちのおかげでちょっとずつできてきました。

昨日、学生さんが研修最後の一日だったのですが、「初めて会った時は松葉杖で立つことも大変でしたよね。」って。
そういえばそうだよね。
それが昨日は廊下をみんなで歩いたんだもんね。
そして段差も上れた。
一日一日の積み重ねが形になっています。

動画① 術後45日目 松葉杖で初めて段差10cmの昇り降りに成功!

動画➁ 術後87日目 段差10cmの階段3段、昇り降りに成功!

2016年8月 2日 (火)

松葉杖、封印!(術後83日目)

毎日言ってますが、あっぢーですね。
みなさん、体調に気を付けてお過ごしくださいね。

松葉杖を封印し、2週間が経ちました。
サラッと言ってみましたが、松葉杖なしで歩けたのは7年ぶりです。

松葉杖なしでバランスをとるというのが、最初は怖くて怖くてね。
でも、二日経ち、三日経ち、慣れてくると、「あれもできる?」「あそこまで行ける?」とできることが楽しくなってきました。

先日はずっと車イスで通っていた美容室に歩いていきました。
美容師さん、びっくりしすぎて大笑いしてた(≧▽≦)。

昨日はリハビリ室で、40m連続歩行しました。
タイムはなんと1分30秒。
松葉杖のころの10mのタイムです。

来週は熊本の主治医の先生に会いに行きます。
それまでにもう少し精度をあげておかなければ!


① 手術前の松葉杖歩行。
➁ 両股関節、両ヒザ術後83日目(2016.8.1撮影)
  50cmの座高の椅子から立ち上がり自立歩行。

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