2006年2月 8日 (水)

体調不良から学ぼう(魂に効く!)

昨年の12月8日に義父が亡くなり、今年の年末年始は義母を一人には出来ないと、わたしたち夫婦と夫の妹家族でできるだけさみしくないようにしようとしていました。それなのに行ったはいいが、わたしは次の日から熱が出始め、夕食の団らんもままならない状態。そしてみんながそれぞれ帰っていったあとは義母にひたすら看病させるはめになってしまいました。
お布団の中でずっと、『おとうさん、なんで今なの?今じゃなきゃいけなかった?』と亡くなった義父に、なかば八つ当たりのように話しかけていました。一時は精神状態もこれ以上ないくらい落ち込みました。けれど入院して徐々に熱の感覚もあき、あきらかに回復の兆しが見え始めた頃、次の予定の話になりました。正月空けて8日に札幌に帰る予定だったのが、退院の日がすでに14日、一週間後の22日は義父の四十九日の法事があります。もうこのまま山形に残って静養しながら、法事済ませて帰るね、なんて義母と話した夜、ふっと思いだしました。
亡くなった方は四十九日までは下界にいて家族を見守り、四十九日過ぎて天国に行くのだということを。『!!!、おとうさん、そういうこと!?』とわたしは夜中、思わずベッドから身を起こしました。
わたしは自分の体のことで何度も大きな壁に当たってきました。その都度、みんなのおかげで乗り越えてきたからいいとは思うものの、やはりそれなりに辛く厳しい思いをしました。そして今回のこともその一つです。『あと何回こんなことがあるんだろう』と思ったとき、わたしの人生での辛く厳しい出来事のひとつを、今回義父が守ってくれたのではないかと思ったのです。だから『今』、まだ義父が下界にいる間に今回のことが起きたのではないかと思ったのです。
これは完全な思い込みかもしれません。なにか理由が欲しくてこじつけているかもしれません。でも、この考えにたどり着いた日から40度の熱がでなくなりました。だからわたしは信じています。肉体の死というものを軽々と乗り越えて守ってくれた義父を見習って、わたしもしっかり生き抜きたいと、そしてだれかに力を与える存在になりたいと心から思いました。

2006年2月 6日 (月)

体調不良から学ぼう(心に効く!)

私の人生で福岡、東京、仙台、札幌と過ごしてきましたが、そのどの土地でもわたしは入院の経験があります。3日間のときもあれば、一ヶ月のときもあり、なんだか行く先々で入院しているような感じです。でも夫の実家の山形でだけはそんなことはないだろうと思っていたら、今年の初め、ついに入院する事態になってしまいました。
最初は『どうして!?』と思いながら病院のベッドで過ごしていましたが、ちょっと熱が下がった日のお昼、窓の外を見るとそこに温泉旅館が見えました。その旅館は7年前、私たちが結婚披露宴を行った旅館でした。『あれから7年か~』感慨にふけっていると、義母が面会に来てくれて、『これ、書いたからよ~看護婦さんに渡しといて~』と入院承諾書を持ってきてくれました。そこには身元引受人の欄に義母の名前が、そして連帯保証人の欄に義父の友人の名前が書いてありました。しかも本人との関係の欄には『友人』と書かれてありました。福岡育ちの私にとって7年前は見ず知らずの土地だった山形で、いま身元引受人も連帯保証人も瞬時になってくれる人がいる、そのことが改めてありがたく思いました。
義母はお店の合間をぬって毎日面会にきてくれました。そのたびソファに座って、義父の話をしたり、じっちゃんばっちゃんの昔の話をしたり、ゆっくりした時間が持てました。今まで大人の付き合いだった義母と『親子』になるきっかけの時間でした。また『友人』と書いてくれた方の奥様も毎日、一品手作り料理を持って面会に来てくれ、そのおいしい郷土料理のおかげで体力の回復も早くなったのでした。
義父がなくなってわたしが山形でやるべきことを見失いそうな気持ちだったとき、『あなたの周りにはまだまだいっぱいいるよ』といわれたような気がしました。
どうして山形での入院だったのか、それは夫の故郷を自分の故郷として見直すためだったのだと思います。

2006年2月 2日 (木)

体調不良から学ぼう!(体に効く!)

大晦日から少しずつ出ていた熱が40度になったとき、さすがに尋常じゃないなとは思ったんですが、義母が病院に行こうというのを『まだ大丈夫』と言っていたのは、我慢強いからでもなんでもなく、病院に行くのが芯からいやだったからです。
今まで痛みに耐えて薬を減らしてきたのに、またここでヘンな薬を大量に入れられたらたまったもんじゃない!との思いが強かったのです。それでもさすがに40度×4日の状態に恐怖心が起きてきました。『ほんとにこのまま熱がさがらなかったら、衰弱もピークだ』そう思った日の朝、鏡を見ると顔が2倍に!!さすがにその様子を見て、義母も『もう病院行こう!』とお店を早くしめて連れて行ってくれました。
医師は見るなり、『おたふく風邪だなあ~、かわいそうに~(山形弁)』と一言。『おたふくってこの年で!?』と思いながら、病名がついたことにホッとしました。しかし、ここからいつものように薬を使う使わないという医者との戦いが始まる・・・と思いきや、『おたふくはね~、薬ないんだわあ~』『え!?』『栄養と睡眠でおさまるまで待つしかないんだあ~』『!!!(ブラボー!)』
そうなんです、おたふく風邪には特効薬がなく、自力で治す病気だったんです。子どものうちにかかれば二日くらいで熱は下がるそうですが、わたしの場合、結局8日間、一日2回の40度の熱に耐えることになりました。でも、これだけの非常時に結局、薬は増やさずに済みました。
薬を減らすためにやってきたいろんな努力が台無しにならずにすんだ!いや、むしろ自然治癒力が頼みの綱なら、これまでの努力が試されるときだ。そう気づいたとたん、熱も耐えるものではなく、乗り越えるものになりました。
体調不良がおたふくだった理由、それは薬を減らし、自然治癒力を高める生き方への『OK!』サインだったのです。

2006年1月30日 (月)

体調不良から学ぼう(前書き)

年末年始の体調不良の中で『なぜこんなことに?』『何が悪かった?』と悩む日々が続きました。でも入院してベッドで一日天井を眺めている間に、その疑問の答えが見つかった気がしました。この『何もしない、ゆっくり考える』という行為は、ガツガツと生きている日常ではなかなか持てない時間です。そんな時間の中で気づいたことを次から記事にしたいと思います。

わたしが答えを見つけられた三つの疑問は

1.なぜ『おたふく風邪』だったのか?・・・だって、子どもがかかる病気だと思っていたし、現にわたしは子どもの頃かかっていたと思っていたし。『なぜにおたふく!?』とずっと疑問でした。その答えがみつかったので『体に効く』編でお伝えします。

2.なぜ『山形』で発病したのか?・・・年末年始を過ごすために、ちょこっと帰省したその先で入院なんて、どうしてだ?と思っていました。日に日に『山形でよかったなあ』という心境になったその過程を『心に効く』編でお伝えします。

3.なぜ『今』なのか?・・・なぜ家族が年に数回集まる楽しい時期に?なぜおかあさんを元気にしなきゃいけない時期に?なぜ年の初めに出鼻をくじく?など一番の疑問でした。そしてこの答えにたどり着くのが一番難しかったです。そのわたしなりの答えを『魂に効く!』でお伝えします。

いまの自分の状況や体調に不安、不満、悲しみを感じている方がいたら、『こんな見方もできるよ』というきっかけになればうれしいなと思います。立場や起こったことは違っても、それを学びにして、立ち上がることは一緒にできるかなと思っています。

2005年12月31日 (土)

マッサージをしよう!(魂に効く!)

12

今年の5月、通っていた病院のレントゲンの検査があり、その結果、首の手術を勧められたことがありました。その手術は第一頚椎と第二頚椎の間に金属を入れて固定するというもので、手術自体も危険なものだし、その後2ヶ月は自分で寝返りも打てない状態になるといった過酷な宣告でした。驚いた私に医師は一言、『ほっとくと命に関わるから』と言いました。危篤の状態から半年、やっと立ち上がってきた矢先で、また『死』を感じさせる出来事が起き、その時期は夜になると吐くほど泣きました。
でもその日から夫が首の後ろをマッサージしてくれるようになりました。『大丈夫、大丈夫』と呪文のように唱えながら。夫の大きくて暖かい手でマッサージされ、やっと落ち着いて眠れるようになったときから、今度はほんとにこの手術が今必要なのか、セカンドオピニオンをとることに思いが至るようになりました。東京で通っていた病院にアポイントをとり、北海道の整形外科で一番という評判の病院にアポイントをとり、1ヶ月かけて、検査、診療を繰り返した結果、なんと、セカンドオピニオンの二つの病院の見解は一致し、『せっかく長年かけてよい状態に体がしてくれているのに、今メスを入れるなんて普通は考えない』という結果でした。はじめの病院の見解がまったくの誤診だったことが判明したのです。
怖くて悔しくて泣いていたころの、倍の涙が流れました。家族みんなで勝ち取った勝利のような気持ちでした。それから、西洋医学のシステムの危うさに気づき、本気で自然治癒力を高める生活・治療を考えるようになりました。
このとき、夫のマッサージがセカンドオピニオンの結果を持ってきたとわたしは思っています。夫が3人目の『魂に効く!』編のマッサージセラピストです。夫と私は前世で死に別れた記憶があります。その最後の瞬間、わたしは夫の手を握ったのですが、それをすり抜けるかのように死が連れ去ってしまいました。きっとそのときの記憶を塗り替えるように、わたしはいま夫の手を握ることで安心感を得られるのだと思います。今生きていることの実感、喜び、感謝を魂に伝えてくれる行為、それが夫のマッサージだと思うのです。そのマッサージで得たパワーで、あきらめずに納得できる答えまでたどり着くことができたのだと思います。

今年はみなさんにとって、どのような年でしたか?
わたしにとっては、過酷な年でした。でも、この深く大きな学びがきっと、次の一歩を踏み出す力になってくれると信じています。
みなさんにとって、今年の学びが大きな喜びとなって帰ってくることを、心よりお祈りしております。
どうぞよいお年をお迎え下さい。
051230_17320002

※両方とも山形の実家の軒先にできたツララです。昼の太陽の光を受けても、夜の暗闇でもとてもきれいです。

2005年12月28日 (水)

マッサージをしよう!(心に効く!)

今年の冬はわたしにとって、チャレンジの冬です。去年、薬のアレルギーでショック症状を起こし危篤にまでなってから、西洋医学に対しての考えが全くかわりました。自分の気力体力を立て直しながら、あらゆる情報を集め、薬を使わない治療方法に切り替える決心をしたのが、今年の9月。それから徐々に薬は減りつつあります。そして薬を減らしはじめて、最初の冬がいまです。
薬を飲んで痛みを抑えていた頃でも、冬の寒さはリウマチ患者にとっては天敵です。それを今年は薬に頼らず乗り切ろうとしています。正直、辛い(苦笑)。びっくりするほど体が動かず、びっくりするほど痛いです。でも免疫療法の医師が『血液、いい状態になってきたよー。がんばってるねー。』と言ってくれているので、なんとか気持ちを保てている状態です。でも『本当にこの痛みから解放されるときがくるのだろうか?』と毎日思ってしまいます。
そんなとき、山形の父の入院がありました。一も二もなく、山形に駆けつけ、毎日病院に通いました。それは自分でも驚くほどの体力と、痛みからの解放の時間でした。札幌を離れ、いつもどおりの治療はできず、生活も非日常なのに、です。きっと、歴代のじっちゃん、ばっちゃんが空の上からパワーを送ってくれていたのだと思います。
それでも、義父が亡くなったショックと休む間もないお葬式の準備の中で、ついにドーッと体が崩れる瞬間がきてしまいました。ちょうどその日、福岡からわたしの両親が駆けつけてくれたので、一晩、両親の宿で休むことになりました。
宿に向かう車の振動が体に突き刺さるように痛い、息をすると肋骨が動くのが痛い、おはしを口に運ぶ腕の動きがまた痛い、当然、座る姿勢も、寝る姿勢も、わたしを楽にはしてくれませんでした。それで、母が『とにかく温泉に入ろう、あったまろう』というので、ちょっとずつ足を動かし、家族風呂まで行きました。当然、自分で服をぬぐ力もなく、母の介助でお風呂に入ることが出来ました。
それからです、母の『集中治療』が始まりました。そうです、わたしの二人目のマッサージセラピストは母です。お風呂で温まった体をひたすら、さすります。冷たい手足に体温が戻るまで繰り返します。母はマッサージの資格もありません。それはもう、ひたすら愛情を注ぐマッサージだったのでしょう。その一晩の集中治療のおかげで、なんとわたしの体は軽やかに歩けるほどに、笑顔が出るほどに回復したのです。
マッサージという行為は、皮膚から皮膚へエネルギーを移すことなのだと思うのです。それが愛であり、善の意識であるなら、体だけでなく、心にも響くマッサージになると思います。そこには資格があるとか、勉強をどのくらいするとか以上に、相手のことをどれだけ思えるかという要素もあるのだと思います。だから、わたしは家族の中でマッサージをすることを勧めています。ある程度の大人になると、親の肌に触れる機会や、逆に子どもの肌に触れる機会は少なくなるかもしれません。そのとき、『マッサージしよう!』という口実があると、照れがなく、触れ合う時間が持てます。それが言葉以上に何かを伝える時間にもなるのです。

2005年12月27日 (火)

マッサージをしよう!(体に効く!)

みなさんにとって、日常の中でマッサージは身近なものでしょうか?私はある時期までとっても縁遠いものでした。若いときから体のあちこちに痛みがある病なので、『人に触られる』ということがとても怖かったんです。いつも会っている専門の医師でさえ、『あ、ごめん、これ痛かった?』なーんて言いながら触診するので、まして、わたしの病を熟知しない誰かに触られるというのは恐怖以外の何ものでもなかったのです。
でもオーラソーマをはじめて、セラピストの友達ができ、施術を受ける機会ができて、『あー、ちゃんと理解してくれる人の触れる手は暖かい』と思えるようになりました。そして自分も人に触れるときには、できる限り、やさしく、暖かく、そして何より相手を理解することをモットーにしています。
そんなわけでいまわたしには3人ほど、専属のマッサージセラピストがいます。ひとりはうちから歩いて2分のところにある鍼灸治療院の先生。この方のマッサージは『おお!これが国家資格の技か!』と思うほど、それこそ痛いところに手が届くような治療で、確実に痛みが半減します。そしてなにより聞き上手!わたしの状態を的確な質問で引き出してくれます。スケジュールまで聞いてくれるので、安心して無理も言うことができます。
この先生の治療は患部(私の場合とくにひざですが)にタオルを一枚かけて、その上から手でひざを揺らすようにもんでくれます。それだけ!初めてのときは、それが痛みの元を探っている行為で、その後、マッサージがあるのかと思ったほど、軽いものでした。それなのに、行きに引きずって歩いていた足が、帰りには軽やかに歩け、びっくりしたのを覚えています。
痛みは血行不良から起こる場合があるそうです。まして、ステロイドや消炎鎮痛剤などを常飲している場合は、それだけで血行不良を起こしています。薬の血行不良でまた痛みを増す、という悪循環に陥りやすいのです。健康な方より、もっと血流をよくすることを心がけなければいけません。そこで、マッサージはとても効果的です。
ご家族と暮らしていらっしゃるなら、ちょっと痛いところをさすってもらう、お一人暮らしなら指先をもむなど、いまこの瞬間からできるマッサージがあります。はじめてみませんか?

※二人目は『心に効く!』で登場します。

2005年11月 7日 (月)

音楽を聴こう!③(魂に効く!)

聴くだけで血が騒ぐ、心拍数が上がる、目の前に光景が広がるというような音楽と出会ったことがありますか?わたしにとって今は『オペラ座の怪人』です。映画のサントラ盤を買って聴いたとき、一回しか見ていないはずの映画がすべて思い出され、夫に『これはこんな場面で流れた曲』と説明できました。それからサントラ盤を聴くたびに、このしっくりと体にしみこむ感じはなんだろうと思っていました。
東京出張で友人のセラピストさんにセッションをしてもらったとき、その答えがみつかりました。オペラを聴いてた前世の記憶にたどり着いたのです。正確に言うと、好きだったオペラが聴けなくなった記憶にたどり着いたのですが。そのときの前世の弔いのため、いまオペラを楽しんでねとのことでした。
なにか心を打ち震わせるような音楽や音にであったとき、そのルーツをたどると自分の前世の物語のヒントになるかもしれません。『ただ好きだから』聴くのではなく、それが過去の自分の魂をも満足させるためだと思うと音楽を聴く時間もただの道楽ではなく、魂の癒しの時間に繋がります。

2005年11月 5日 (土)

音楽を聴こう!②『心に効く!』

わたしにとって心に刺激をくれる音楽はやっぱり日本語の歌詞がついている曲なんですよねー。メロディーと言葉の両方から攻められるというか(笑)。ときにメロディーに涙し、ときに言葉に励まされ・・・だからJポップも意外とすきです。
数年前から、『これを聴くと元気になる!』というわたしの一曲は福山雅治の『虹』です。ドラマ『ウォーターボーイズ』の主題歌だったのですが、ドラマの印象とあいまって、今でも聴くたびに元気が出ます。いま札幌ではちょうど『ウォーターボーイズ2』の再放送があっていて、夕方になると一泣き涙を流しています(一汗かいていますみたいな!)。
高校までは病気もなく、思いっきりスポーツも学校行事も勉強も恋愛も?していたのでその頃の自分とダブらせたり、若いっていいなあと大人目線でみつめてみたり。とにかく好きなドラマです。そんなドラマの最後に流れるのが『虹』。歌詞にドキッとさせられます。『いまのままでいいの?夢をしっかり追ってみない?』と問いかけられているようです。
音楽療法の効果のひとつに、『感情の排出』というのがあるそうです。排出行為は副交感神経を優位にし、リンパ球を増やします。結果、免疫力を高めるのですが、涙もその一つということです。日頃、涙を我慢している人ほど、音楽を聴いて感動の涙を流すのは心・体にとって重要なことです。

2005年11月 3日 (木)

音楽を聴こう!①(体に効く!)

『モーツァルトの曲は病気を治す』というフレーズはもういろんなテレビや本で紹介されていますよね。遅ればせながら、モーツァルトのCDをゲットしました。いま朝起きて、パソコンを触る間の30分はモーツァルトタイムにしています。
人間の体のバランスをとるのに五感のすべてを刺激するという意味では、耳からの心地よい波動(音楽)は欠かせないものなのだと思います。ただ、モーツァルト、改めて聴くと知っている曲がないんですねー。クラシックに縁がなかったといえばそれまでなのですが、例えば第九や威風堂々など、一度聴くと忘れられないメロディーのものや、チャイコフスキー、ショパンなど一通りの有名どころは聴いてきたはずなのですが、モーツァルトは聴いても聴いても知っている曲がないのです。いま三つCDを持っているのですが、このCDにはこの曲!って印象もなかなかつかない。(曲の題名もなんだか覚えにくいんですよね、なんとか第何番ニ長調とか)。うーん、そのうち細胞がわかるようになるのでしょうか。
モーツァルトが音楽療法で注目されるようになって、CDの選曲も興味深くなっています。
いま手元にある三つは、脳の活性化のためのセレクト、免疫系疾患の予防のためのセレクト、アレルギー予防のためのセレクトです。いまのところ、違いを体が感じるまでには至っていないのですが、これを作り世に出すまでの研究たるやすごい努力だったのではないかなと思っています。だって、それこそ目に見えない音の波動が体にどう影響するか、そしてそれが脳にいいのか、免疫系にいいのか判断するなんて、ちょっと前の医学じゃ否定どころか、反発もあったんじゃないかなと思うのです。そんな現状を乗り越えて今があると思うと、その情熱に拍手を送りたくなります。
今一番はまっているのは脳の活性化のバージョン。早いところなんとかしてほしいので、モーツァルトさんにお願いしながら聴いています(笑)。

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