2011年9月13日 (火)

『他人のために・・・』 by アインシュタイン

週末、北九州門司港で行われている『アインシュタインLOVE展』に行ってきました。

アインシュタインと言えば『相対性理論』、あっかんべーした写真、天才、ということくらいしか思い浮かばなかったのですが、丁寧にテーマ分けされたこの展示会でアインシュタインの人となりが感じられました。

印象としては人間臭くて、すごくあったかい人。
なんだかほっとしました。

来日した時、日本の科学者に原爆のきっかけを作ってしまったことを泣きながらわびたそうです。
でもアインシュタインがアメリカに原爆の研究を勧めたのは、ドイツナチスの狂気を止めるためだったことも知りました。

自分の身の回りの幸せから、世界中の幸せまで考えていた人。
そう感じました。

会場にはいたるところにアインシュタインの言葉が飾られていました。

『他人のために生きた人生だけが、価値を持っているのだ。』

この日、一番心にぐっときた言葉でした。



そして・・・もうひとつ
Photo 会場の一つ、関門海峡ミュージアムのロビーにいたこの子!

弾いてないし・・・。

耳からは“瑠璃色の地球”のドラマチックなピアノ曲。
でも目にはこのだらしない姿。
このギャップに心をわしづかまれました^^。

この姿を凝視していると通りがかった親子の会話「もじたろうがピアノ弾いてるね~」で、この子がもじたろうという名前だとわかりました。

もじたろう、せめて、手、のせようよ^^。


2011年2月28日 (月)

「自分が見たい・・・」 by ガンジー

先日観たDVD『重力ピエロ』のセリフにガンジーの言葉がでてきました。

「自分の見たい変化になりなさい」

ああなりたいな、こうだといいのにな。
生きてく上でそう思うこと、いっぱいありますよね。
ときにはポジティブに、ときには現状を憂いて。

でもね、気づいたのなら、あなたから変化を起こしなさいとガンジーは言っているのだと思います。

想いは現実になるというけれど、形にするためのパワーは必要です。
現実になるための歯車を動かすのはあなたの一歩目の行動です。

さあ、いっしょに変化になりましょう!

2009年8月27日 (木)

「応援する人は・・・」  by フレフレ少女

応援する人は応援される人より強くなければならない

先日TVで見た『フレフレ少女』の台詞です。

応援団になりたてのメンバーがあまりの練習の厳しさに「試合をするのは野球部なのに、なぜ自分達がこんなに辛い思いをしなければいけないのか」と疑問を持ちます。
それでも続けて、自分達で行き着いた答えが

「応援する人は応援される人より強くなければいけない。“がんばれ”は、よりがんばっている人間にこそ、言う資格がある。」という想いでした。

わたしの周りには、がんばっている、がんばってきた人生の先輩がいっぱいいて、応援してくれています。

有難う。あなたの“がんばれ”は、わたしに力をくれています!


2009年6月25日 (木)

眩しすぎて・・・

あなたの10年後、どうなっていますか?

と突然聞かれたら、なんと答えますか^^?

わたしは10年後どころか、明日の自分もわからない日々がありました。
起きているのか、寝ているのか、歩いているのか、それとも・・・と。

今があってこその明日、いまの行動と繋がってこその明日。
だからこそ今の自分の先に未来の自分があるなら、想像すら怖い・・・そんなときもありました。

でもいまは違います。
未来の想像が楽しくて仕方ないhappy01
それはやっと“日常を大事にする生き方”“日常を楽しめる生活”ができてきたからだと思います。
「この日常の先に未来の自分がいるんだ、だったら楽しいに違いない!」そう思えてきました。

で、タイトルなのですがある番組で見かけた一言です。
Gacktさんがインタビューで聞かれたそうです。
インタビュアー 「10年後のGacktさんは何をされていますか?」
 
Gackt  「眩しすぎてshine・・・見えない」

これを見たときは声出して笑ったんですが、その日から頭を離れません(笑)。

さあ、10年後が眩しすぎて見えなくなるくらい、今の一瞬一瞬を輝かせましょう!

2009年2月 3日 (火)

「信頼して」 by からだ

昨日はなんだか頭の中でずっとこの言葉が響いてました。

「信頼して」

わたしは今まで“信頼される”ということにとても神経を使っていた気がします。
セラピストという仕事を選んでからは特に、わたしの発する言葉が、そして作り出すものが、相手の信頼を得るものであるように、誠実に誠実に対応しようと心がけてきました。

でも昨日の言葉は「信頼されよう」ではなく、「信頼して」でした。
誰を?何を?と一日中考えていたら夜に答えが出ました。

答えは「自分の体」でした。

それはわたしの体からの切実な叫びのような声だったことに気づいたんです。
わたしは心のどこかで自分の肉体をあきらめていたのだとそのとき思いました。
「病だから」「進行性だから」「痛みがあるから」しょうがないと。
こんなことをいうと「何言ってんじゃい!」と怒りそうな人の顔がいっぱい浮かぶんですが(^^;)。

もし、このままひざが動かなくなっても・・・、もしこのまま腕が上がらなくても・・・、もしこのまま一生床に座れなくても・・・、頭と心がしっかりしてればいいか・・・と、これ以上傷つかないようにするために守っていた、いやあきらめていた。

そのことで実は体が傷ついていたんだなと思いました。

そりゃそうですよね、「どうせできないんだからいいよ、そのままで」という一言を向けられて傷つかないわけはないです。
わたしはその言葉をずっと自分の体に浴びせていたのだと気づきました。

それから体に平謝り!
「ごめん!!そうだよね、まだまだがんばれるのに。いや充分、いまでも必死でがんばってくれてるのに。ごめんごめん!」って。
「信頼します!あなたを信頼します!」って。

そしたら急に体のエネルギーがドシッと中心に寄った気がして、今までなんとなく自分の体であってそうじゃないような感覚だったのが、指の先までしっかり血が通っている感覚になりました。

地に足が着いたというグラウンディングの本当の感覚を味わえた瞬間でした。

まだまだまだまだ学ぶことってあるんですよね。
楽に生きたい・・・と何度も思ったけど、重い扉ほど開けたときの景色はきれいかもしれない。
重い扉だから一緒に押してくれる友がいっぱい現れるのかもしれない。

そう思います。

2008年11月 5日 (水)

「出さなきゃ!」 by 小川医師

自律神経免疫療法の治療を受けている間に「ボルタレンをやめて変わったこと」の話をしました。

○食事の量が増え、おいしく食べれるようになった。(それでもまだ一人前とはいかないかも?)
○食べた後のナマゲップがでなくなった
○平均体温が上がった(朝で36.6~8度はあります)
○体重が少し増えてき始めた(ボルタレン、アスピリンの類の薬は“ヤセ薬”と言われているそうです)
○汗をかくようになった(ご飯食べている途中に汗が噴出し、着替えた経験あり!)

ほかにも自分で気づいていない変化もあると思います。
周りからは「顔色がよくなった」「肌がつやつや」など言われています。
自分では痛みばかりに目がいっていたのですが、見えないところでもしっかり変化してくれているんですね。

そして今回の小川先生の究極の一言。
「出さなきゃ!汗でもなんでも!」。
汗でも、涙でも、鼻水でも、よだれでも、みーんな一緒!
いまあるものをどんどん出して、良いものをとりこまなきゃ!と。

わたしは逆でした。
痛みを我慢し、涙を我慢し、動くのを怖がり・・・。
全部を自分の中にしまいこんでいたんですね。
だからいつまでも病が外に出て行かなかったのかもしれない。

出してこー!!
どんどん、出してこーpunch

そして感情も、希望も、理想も、志も、どんどん出してこー!

あなたの中にあるいらないもの
あなたの中に眠っている必要なもの
引き出しをひっくり返してみたときにはじめて確認できるかもしれませんwink

2008年9月17日 (水)

「責任をのがれるな!」 by近所の小学生

最近ようやく一日おきに起きあがれるようになってきたかなという感じです。
やっぱり10数年続けてきた薬を断ち切るのには、一筋縄ではいかないですね。

昨日は足の痛みがなかなかおさまらず、一日中寝たり起きたりの繰り返しでした。
午後になってベッドに横になっても、本を読むと腕に痛みがくるし、かといってそんなに毎回ぐっすり眠れるわけでもないので天井を眺めながらぼ~としていると、小学生達が学校から帰ってきました。

うちのマンションは子どもが多く、よく小さい子から大きい子まで一緒になって遊んでいます。昨日もそのようでした。
声が聞こえます。
「はげた~はげおの~大行進~♪(誰?)」
「阪神 下半身 いえ~い♪(ジョイマン?)」とかhappy02
もうおもしろくて、おもしろくて!

そしたら突然、上級生らしき男の子が
「○太!!責任をのがれてんじゃねえよ!!」と一喝!
どうもボール遊びをしていて一人が逃げたようなんですね。

それにしても「ちゃんと取れよ!」でも「逃げんなよ!」でもなく、
「責任をのがれてんじゃねえよ!!」とは。
子どもの世界でもそうやって“自分がやるべきことはちゃんとやる”という姿勢を学んでいくんですね。

思わずわたしもベッドから飛び起きて、やりかけの仕事を始めたのでしたcoldsweats01

2007年12月17日 (月)

『運命は我が手にある』by山村慎一郎先生

昨日はマクロビオティック望診法の山村先生の講座、第二回目の日でした。
毎回、心にヒットする言葉が目白押しのこの講座ですが、この日の一言は一生忘れないかもしれません。

先生は小さい頃、結核でその後も体が弱く、ご両親にかなり心配されて育ったそうです。
体の弱さを自覚しながら、運命だと思っていたとのことでした。
でもマクロビオティックに出会って、食べ物を選択することで、体が変わり、心が変わり、運命が変わっていったそうです。

『食べ物を変えるだけで、運命がかわるなんて、こんなに楽なことはないね♪』と山村先生は優しく笑います。
『運命はね、この手の中にあるんだよ。』
山村先生が両手のひらですくうように、何かを愛おしく包んでいる姿は、この日、私の胸に深く刻まれる光景になりました。

マクロビオテッィクは何を食べるかという食事法ではなく、何を選ぶかという哲学なのだと、この日の講座で改めて感じました。
この講座を受けることが出来て、感謝しています。
様々な形でサポートしてくれるみなさん、ありがとうございます!

2007年2月25日 (日)

『意志こそすべて』 byショーペンハウアー

先日、テレビで『ライフ・イズ・ビューティフル』という映画を観ました。切ない・・・(涙)、あんな親になりたい、なれるかな?いろいろと心に響く映画でした。

その中での重要なキーワードが『意志こそすべて』という言葉でした。希望の未来を引き寄せるには、なにかを成し遂げるには、お金や環境ではなく、思いの強さ、意思こそが必要だという意味でした。

わたしにとってこの言葉は理想や目標ではなく、事実です。強くそう思いました。
今月は『攻めの2月』と題して(笑)、なんでもチャレンジすることにしています。そんな中、昨日ついにお風呂に一人で入ることができました。退院後5ヶ月、大きな目標がひとつクリアになりました。

『意志こそすべて』は目に見えないものを信じる強固な姿勢が必要です。それは未来を信じる力かもしれません。『想念が形をつくる』そのことをもう一度、教えてくれた言葉でした。

2007年2月12日 (月)

『文化の消費者、文化の生産者』 by永井隆博士

5年ほど前、オットの長崎出張についていったことがありました。福岡出身のわたしは長崎は修学旅行や家族旅行で訪れたわりと身近な土地でした。仕事が終わったオットと夕方待ち合わせをし、時間がないので一箇所だけ観光に行こうかと言い、タクシーに乗って『平和記念公園に行ってください』といいました。すると、運転手さんは記念公園についたあと『もう少しお時間ありましたらご案内したいところがあるんですが』と言いました。

それが永井隆博士が住んでいたという部屋を保存してある場所でした。日も暮れていて灯りも乏しかったのでガラス戸に顔をくっつけるようにして中をみたのですが、人が二人はいればいっぱいになってしまいそうな部屋でした。そこに行くまでわたしは永井博士を知りませんでした。永井博士は放射線医学研究家で、その障害を受けて白血病になり、自分の体が弱っているにも関わらず、被爆者の手当てに尽力した人でした。

運転手さんは『時間が無い中、平和公園にだけ行こうというお客さんの気持ちに思わず反応してしまいました』と言っていました。そしてわたしたちはその後、一本足鳥居、大浦天主堂など長崎が歩いてきた歴史の深さを見てまわる2時間のドライブをしました。運転手さんの説明はそのときにその場にいたかのような臨場感と、自分のことのような悲しみをたたえた言葉で語られました。その長崎の時間は忘れられない時間になりました。

そんな長崎の旅を思い出す機会が最近ありました。Mayumiさんから教わった『愛されるよりも』高見澤潤子著の本を読んでいたとき、永井博士の逸話が描かれていたのです。永井博士夫妻がある日、ある旧家に招かれ豪華な接待を受けたとき、妻が『わたしたちには一生できない生活ですね』と言ったそうです。そのとき、博士が『あれは文化を享楽する生活だよ、文化の消費者だ。ぼくらは文化を創作する生活、文化の生産者なんだ』と言い、二人で笑顔になったそうです。

この言葉が最近のわたしに心底、沁みました。『文化の生産者』という言葉に値する生き方をしたい、そう強く思いました。

Mayumiさん、良い本のご紹介ありがとうございました。

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