2016年2月23日 (火)

『ニューボディー』 by 本田圭佑

こんにちは!
本田圭佑よりじゅんいちダビッドソンの方が好きなぢゅんさるです!

ただね~、やっぱり時々ハッとするようないいこと言うのよね、本田。

昨日見かけて、なるほど~~と思った本田の言葉。

本田が膝に全治三か月の大けがした時の話。


「チャンスやと思いましたね。これでニューボディーが手に入ると。」 by 本田圭佑


あきらめない、めげないのは当たり前の基本スタンスで、災いを福となすまで持っていくのが本田かなと。
努力まではみんなできるけど、結果に繋げるにはもうひと声、この発想の転換が必要なのかなと思います。

ケガでも病気でも、変化へのチャンスだと思えたらこんなに強いことないですよね。




2016年1月22日 (金)

人生の運はプラマイゼロではない! by ホンマでっかTV

先日の『ホンマでっかTV』を観てたら、珍しくいいこと言っていたのでメモメモ。

“人生においての運はプラマイゼロではない!”のだそうです。
プラマイゼロの確立にするには人生は短すぎると。
だから運が良い人は運が良いまま、運が悪い人は悪いまま終わるように見えると。

だからね、運を引き寄せればいいんだって。
どうするか??

一番ピンときた説明は“意志より想像力”が強いということ。
たとえばテスト前に“今回は90点取れるようにがんばるぞ!!”と意志を固めるより!!
“90点取って喜んでいる自分”を想像する方が、成功する力は強くなる!!とのこと。

そこで最強なのは“根拠のない自信”だそうです。

ざっくりいうと、真面目で頭で考える人は“意志”を優先しがち。
感覚や体験を重視し理論は二の次の人は“想像力”が豊か。
そして想像力が豊かな人は、根拠のない自信を持ちやすく、成功率が高いと。

そしてそして、この最強の根拠のない自信を持っているのが、うちの場合、母なのです。
ははは(#^^#)。

だから最近は夫のことも「夫ちゃん、まだ転勤ないよ!」とか
「ぢゅん、いまなら手術できるよ!」とか
母の一言でそのとおりに物事が動いています。

だからね、たぶん、自分の意識も、周りの意識も整えるには
“言ったもん勝ち”なのよ、きっとね。

人生って辛く苦しい。
だから運だって、心理学だって、あらゆるものを味方に付ければいい。
そして高い高い理想を想像すればいい。
それが無理かどうかなんて、他人が言えることじゃないよ。
と思います!

2015年2月 3日 (火)

『心を耕しなさい』 by トルストイ

先日、NHKのプレミアムアーカイブスで、ロシアの文豪トルストイの特集を観た。

トルストイって裕福な貴族の子だった。
若いとき遊んでいた時もあったけど、戦争から帰って非暴力主義を貫き、自分が相続した広大な土地で働いていた農民の為に学校作ったそうです。

そのときのトルストイの言葉が
『昼は田畑を、夜は心を耕しなさい』

子供たちを膝の上に載せて本を読んでたんだって。
ロシアの農奴制がまだあった時代、いちはやく農奴解放を目指したらしい。
上手く伝わらなかったり、国に目を付けられたりしたけど、その学校はいまも子孫が受け継いでいました。

ちょっと興味を持ってネットでトルストイの名言をあつめたサイトを見ていたら、好きな言葉があったのでお伝えしたいと思います。

『 幸せになりたいなら  なりなさい。 』

いいでしょ^^?

2014年3月22日 (土)

自分の価値は・・・

先日、カンブリア宮殿という番組を観ました。
地域再生の話。
一つの直売所がその町の農家を救うという内容でした。

その中の一例で愛媛県の内子町の例があったのですが、そのプロジェクトに参加された農家の方の一言に心打たれました。

“自分の価値は自分で決める”

力強い言葉でした。

それまで農家はただの労働力だった。
農家の嫁はその想いがもっと強かったそうです。
夫の後ろでひたすら労働し、自分が作ったものがいくらで買われ、どこに運ばれ、誰が買ってくれたのかわからない。
苦労してもしても報われない、先のない労働。

そんなときに町に直売所ができる話が来て、これだ!と申し込んだ。
夫の畑からシイタケを盗んで直売所に持って行った。
怒鳴られたけど、次の日も、次の日も盗んで持って行った。
それは「これなんですか!?シイタケ?こんなに大きいの初めて見た!」と目の前で手に取って買ってくれるお客さんを見たから。

それまで苦労でしかなかった農家の仕事が、感動に変わった・・・と。

それからドライフラワーの技術をみんなに教え、ヒット商品を生み出したり、地元のみかんを使ってパンを考案したり。
農家の嫁軍団の怒涛の快進撃がはじまったそうです。

「自分の価値は自分で決める。これが農家が本当に自立できる道だと思います。」
内子町の野田さんはおっしゃっていました。


どの産業にも言えることかもしれません。
いままでのやり方ではなく、生産者がやりがいも収益も力も持つ時代にしないと日本の産業はすたれてしまう。

わたしたちがそれを支えるには、正しく消費すること。
そして正しい政治家を選ぶことです。

そしてみんなで『自分の価値は自分で決める』生き方をしましょう!

内子町の野田さんの言葉に、なんだか清々しい気持ちになった夜でした。

2013年3月24日 (日)

泣くな、みんなちゃん

『泣くな、はらちゃん』のファンの皆様、目は腫れていませんか?
終わってしまったさみしさに溺れていませんか?

そうであったら、きっとはらちゃんは言うでしょう。
「笑ってください(^o^) あなたが笑顔だと世界が輝きます!」と。

はらちゃんを見るたびに自分の世界を、生き方を見つめ直していました。
見ないふり、慣れたふり、傷つかないふり、そして幸せを喜べない心になっていないかと。

昨日響いたはらちゃんの言葉は「両せつない」。
一緒に喜べることも幸せだけど、時に一緒にせつなくなれる人がそばにいてくれるのは有難い幸せだと思います。
そんなふうに自分の心もそばにいる人の心も大事にして生きていきたいです。

はらちゃんはドラマの登場人物たちの心や生活を少し変化させ帰っていきました。
ドラマを見た私にもしっかり足跡を残してくれました。

みなさん、愛です!
今日もみなさんの世界が輝きますように。


2013年2月15日 (金)

「20秒の勇気」 by『幸せへのキセキ』より

日常生活の中でふっと頭をよぎる小さな希望みたいなものってありますよね。
何か新しい事を「やってみたいな」とか、初めて見るところに「行ってみたいな」とか。

でもなんとなく時間を作るのがおっくうだったり、まあ今のままでもいいかと心をなだめたりしてなかったことにすることも多い。
なかったことにすると日常は変わらず、心のウキウキもないかわりに波風も立たないかもしれない。
けれど、もしかしたら大きな喜びを得るチャンスを失っているかもしれない。

映画『幸せへのキセキ』の中で父親が息子に「20秒の勇気を持て」と伝えます。

大きな勇気じゃなくていい。
たった20秒の勇気。
でもその20秒が今を変えて、未来を変えていく。

「ごめんなさい」も
「ありがとう」も
「すきです」も
「やります」も
「いやです」も
20秒の勇気で本音をきちんと伝えられたら目の前の世界が変わるかもしれません。


2013年1月29日 (火)

『最初の一段を・・・』 by マーティン・ルーサー・キング

今日は病院でのリハビリの日でした。
リハビリ行くと力になるということはわかっているし感じているのですが、一方で「まだこれが出来ないのか」と目の当たりにする瞬間でもあります。

そんな最近出会った言葉はキング牧師の言葉です。
『最初の一歩を踏み出しなさい。階段全体を見る必要はない。
ただ最初の一段を上りなさい。』

ただ目の前の課題に一個一個取り組む、はいo(^_^)o!
わたしはどうしても先を見過ぎて取り組む前から挫折する傾向があります。
いつもはリハビリ帰りはヘロヘロなのですが、今日は帰り着いてもうひと歩きしました。
この季節に汗が出てうれしかったです。

あ、もう一つ最近頭の中にあるワードは
『努力とうんこは同じ。毎日しなければならないが、人に見せるものではない。』by Twitterです。
ははは(*^^*) でもすごく心に響いています。

みなさんの明日の一歩に幸あれ!

2013年1月27日 (日)

世界は片想いでできている

昨日のドラマ『泣くな、はらちゃん』でのセリフです。

はらちゃんが人間界にいるとき、〝片想い〟とは何かを教わります。
「世界は片想いでできているんだよ」と言われたはらちゃんは
辛いけど、美しくて大事なものなんだと理解します。

みんなが自分の好きなものを大事にできる世の中なら、きっと世界は美しいものになる。

でも、はらちゃんのすごいところはそこで終わらないとこ。
「次は両思いになりたいです!」と目をキラキラさせている。

はらちゃんの純真さに触れてドラマの中の人たちが変わっていくように、わたしも毎週何かをもらっていま(^.^)

2012年10月15日 (月)

「きれいごとを言うな!」  by トータルテンボス

昨夜観たお笑い番組にトータルテンボスというコンビが出た。

農業高校畜産科の先生と生徒という設定。
先生「ここが牛舎だ」
生徒「牛って近くで見るとかわいいですね」
先生「これが肉だ」
生徒「え~、こんなにかわいいのに~」

先生「汚い顔してきれいごとを言うんじゃない!!」(オチ)

ま、お笑いだからこそ許されるフレーズですが、一理あると思ったんです。
汚い顔という物理的要素は別にして、きれいごとってなんか裏がある気がする。
それは自分の状況や行動と言葉がかけ離れた感じ。
悪意のない攻撃のような感じ。

だからわたしはきれいごとではなく、“普通ごと”にそって生きようと思っています。
“人の物を盗まない”とか“親を大事にする”ってきれいごとではなく、普通の事でしょ、当たり前の事。
だから普通のことを普通にできる人間でありたいと思います。

じゃあ、普通って?と言われたら、一番近いのは“自然なこと”ですかね。
普通って“普遍的に通じる”ことだと思います。
自然に沿った生き方。
人間のエゴを出さない生き方。
個人の利益だけを追わない生き方。

それを普通にできればいいなあ、笑顔で。

あ、ちなみにトータルテンボス観てるときはただただ爆笑してましたけどね^0^。

2012年10月11日 (木)

書くということ

数日前、ほぼ日イトイ新聞で「なぜ糸井さんは毎日記事が書けるのか」という問いについての答えが書いてありました。
ちょうど“書く”ということについて考えていたので、その言葉がジャストミートしました。

糸井さんは“書き始めて数年経った頃、「自分が書くしかないことを書く」ということと、「いいことを書かない」ことを心がけることに気づいたら、毎日書けた”というようなことを書いていらした。

わたしが書くことにちょっと恐怖に近い気持ちを持つようになったのは、この「いいこと」を書こうとしていたからかもしれないなと思った。
いいことを書こうとしたのに否定されたり、拒否されたりしたときのダメージが大きかった。
でも、それは完全に書く側の自信や覚悟の問題だったのだよね。

「これがワタシです!好きも嫌いもすきにして!」と言える自分が書いたものだったら、自信を持って言葉にできるんだと思う。
嫌われることを受けとめる強さもいるよね、大人なのですから~!

時期を同じくして夫が帰省していたのですが、夫が担当している我が家の三年日記を持って来てくれました。
「毎日、これだけの文章書くのすごいねえ。」とわたしが言うと、
「ま、文章書く仕事してますからねえ。」と夫。
ちょっ!なにそれ!ちょっとかっこいいじゃん、ズルい!
ってことで、わたしも文章を書くことを恐れないようにしようと思いました。
しばらく揺れ動きながら書き続けたいと思います。

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